最後にもう一つ宿を紹介しておきます。土佐清水市の南西の海岸沿いにある民宿叶崎です。
なぜ番外かというと、この宿は10年前に泊まったことがあるからです。でも10年経って前とはかなり変わって初めてだといってもいいくらいになっていたからです。
10年前のことはいまだに忘れられません。ここで食べた魚は今までどこで食べた魚より美味しかった。夕食に出たメバルの煮付けと朝食に出たサバの塩焼きは本当に飛び上がるくらい、声を上げたくなるくらい美味しかった。でも、お風呂とトイレが女性にはちょっとお薦めできないくらい古くてきたないという感じがするくらい、部屋もちょっと雑然としていてきれいとは言い難く、全体としてはおすすめはできない。
それが今回10年ぶりに来てみると問題のあったところは全部リフォームされてそれはきれいになっていました。まあ10年という時間があったのでリフォームされてからそれなりの時間が経ていて新品、まっさらという感じではないものの、とても気持ちよく使うことはできました。部屋も壁も建具も畳も新しくなってそれは快適でした。
食事は前回ほどの驚きはなかったのですが、十分水準以上。むしろ一期一会でよかったのだと思い直しました。食後のコーヒーはセルフで飲み放題です。
朝食の魚も前回ほどではなかったですが、まあこれが普通というものです。月山神社から大月町を歩く人はぜひとも泊まって欲しい宿です。
2食付き6000円です。
これで今年のお遍路の記録は最後にしたいと思います。今年は本当にいろんなことがあって、2回に分けて40日も歩くことができたし、たくさんの人の話も聞くことができました。納札を頂いた人だけでも、徳島の塩田さん、京都の池本さん、館山の鈴木さん、住之江の佐藤さん、横浜の高橋さん、周南市の佐々木さん、東京渋谷区の横澤さん、浜松の市橋さん、小金井の青木さん、埼玉県狭山市の星野さん、春日井市の川口さん、大田原市の落合さん、三重県明和町の山口さん、横浜の伊藤さん、富士市の太田さん、刈谷市の谷澤さん、それ以外にも逆打ちの矢印をくれた伊藤さん、関学OB、高松の和田さん、黒潮町から松山まで毎日のように顔を合わせた宍戸さん、松山ユースでいっしょだった青森のご夫妻、西予市で同宿だった徳島の啓子さん、ときわ旅館で同宿、電車でもいっしょだったご夫妻、メールで励ましてくれたトトロさん、そして、同宿になった人、道中ですれ違って挨拶をしてくれた人、宿屋の人、総ての人に感謝します。皆さんがいなければこんなに楽しくうれしいお遍路は絶対できなかった。歩くだけ、お参りするだけがお遍路ではないと、こんなにたくさん感じたことは初めてでした。
鳥坂トンネルの手前の遍路小屋で一休み、新しいゲストハウスのお知らせがありました。はりまや橋ゲストハウスは同じ町内でこのゲストハウスの300mほど南にあります。
鳥坂トンネルは歩道がない上に交通量が非常に激しい、遍路が歩くトンネルの中で一番危険で怖いといってもいいかもしれません。とはいってもぼくは峠の山道を歩いたのは2回だけ、後は全部トンネルを歩いています。なぜかといえば、峠からの下りがすごく長くて、下りなのにとても歩きにくくスピードのでない道なので1回歩いて二度と歩かないと決心したからです。今回はその折衷案でトンネルは歩かないけれど峠からの下りも歩かない。
鳥坂峠を過ぎて13分ほどフラットに近い山道を進むと、トンネルを出たところにあるバス停へ下りていく山道があります。今回はこの道を歩いてタイム比較をします。
本当にトンネルを出たすぐの所に下りてきました。トンネルを行くより23分遅かったのですが、全部山道を行くよりは7分早い。来年どうするかは宿が決まってからのことになるでしょう。
ポケットパーク札掛けで最後の休憩、逆打ちで初めての女性が休んでいたので遍路宿情報を渡します。トンネルを避ける山道の入り方を教えてあげました。PP札掛けに到着する直前に追い抜いたご夫婦はときわ旅館で同宿でした。
写真は5月に国の重要文化財に指定されたばかりの臥龍山荘、今まで一度も撮影したことはなかったけれど、あまりにタイムリーなので思わずカメラを向けました。このあと、冨士山に登るのですが、片道の距離を往復の距離だと勘違いしていて、時間がなくなって頂上までたどり着けませんでした。天気がよすぎて登りは本当にバテバテだったけれど時速は5.8kmは出ていたようです。下りは7km以上、本当に時間がなくてあせったー。ときわ旅館に到着したのは16時10分でした。
9時27分、宇和島駅のすぐ近く、別格6番龍光院の前まで来ました。電車の時間は10時17分、まだ50分も余裕があります。バスに乗らなくても全然間に合っていたのですが、今日の歩行距離は42kmを超える。バスに乗らなかったら45km以上歩くことになるので、やはり乗るのが正解でした。
卯之町駅に到着したのは10時49分、ここから本日の宿ときわ旅館までは18kmちょっと、普通に歩いても14時過ぎには着いてしまうので、冨士山に登る計画です。
明石寺から4.6km地点、卯之町からだと3kmちょっとの所にある遍路休憩所で一休みします。宇和島駅でもたっぷり休んでいるし電車にも乗ったのでこの距離では休むこともないのですが、蜜柑の魅力に負けてしまいました。しばらくすると逆打ち野宿の若者がやってきました。四国は2回目だということです、野宿の人には遍路宿情報は無用なので言葉も少なくなります。納札を入れたボックスがあったので中を覗いてみると、佐藤さんの赤札と、昨年うまめの木と美園で同宿だった浜松のAさんの赤札もありました。Aさんは今年は逆打ちで別格も全部巡ると賀状で知らせてもらっていたのですが、いつから歩き始めるかは知りませんでした。納札の日付を見ると4月26日、そこから逆算するとぼくが民宿岡田に泊まった4月14日はすぐとなりの池田町の宿に泊まられていた可能性が高い、1日違えば岡田で同宿だったのかもしれません。
宇和島道のトンネルの出口の近くから入った脇道は意外と長く続いて1300mもありました。これだけの距離国道を避けられるのは精神的に大きい。写真は国道に合流するところ。この後は国道を歩いたのですが、帰ってから英語の地図を見てみると、脇道はまだありました。国道に出て100mほどでまた左に入る。そうではないかと歩いているときにも思ったのですが、明らかに遠回りになりそうだし国道に戻ってこられるか確証がなかったので入れませんでした。その道は450mほどで国道に合流、そしてまた100m国道を進むと今度は右に入る脇道があります。さすがにこの道には気づきませんでした。
その三つ目の脇道が国道に合流してくるところにこの上保田のバス停があります。上の写真から800mほど歩いたところ、ここから警察署の前までバスに乗りました。距離にして2800mほどです。この間が最も歩きにくい嫌いな道ではあるのですが、それが理由ではなく、宇和島から卯之町まで電車に乗るのでその時間に合わせるためです。前期で41番から43番まではお参りしているので、一気に飛ばして大洲まで行ってしまいます。
宇和島駅の近くのアーケードの中にある四国銀行、ぼくが初めて四国を歩いた13年前からずっと島崎和歌子さんがイメージキャラクター、ここに来ると確認しないではいられなくなってしまいました。
高松でいつもお世話になっていた、ビジネス旅館三鈴が今回何度電話しても留守電だったので、前に一度泊まったことがある三友荘に予約を入れました。楽天でネット予約ができたし3600円だったので、納得はしているのですが、昨日へんろみち保存協力会のサイトを見てみると、近くに新しいゲストハウスができていることが分かりました。ちょうど2年前に琴電長尾線花園駅の近くにできたゲストハウス若葉屋で、英語の地図にはちゃんと載っていました。3800円の個室が二つ、3500円の個室が一つ、3000円のドミトリーが一つ(男女共用、8人部屋)です。お風呂はちゃんと湯船があるタイプ、コーヒーはセルフで飲み放題。3ヶ月前からネットで部屋を指定して予約が可能です。キャンセル料はないからお遍路でも安心。これで、電車に乗って一宮寺の近くのそらうみまで引き返す必要もありません。そらうみは今年から3800円に値上げになっていました。
高松にはそれ以外にも新しいゲストハウスができていて、瓦町駅の西側に「Ten to Sen」、花園駅の西側にKincoというゲストハウスがありました。いずれもシャワーのみなのでお遍路には向きません。
高松市内を抜ける旧い遍路道があることは、枯雑草さんのブログを見て認識はしていたのですが、三鈴に泊まるとどうしてもいつもの赤線の道を行くしかなかった。でも、来年は若葉屋なので歩くことができます。ちなみに旧い道というのは、へんろ地図に赤線がある川沿いの道ではありません。日本語の地図にはありませんが英語の地図にはちゃんと赤点線があります。ただし、枯雑草さんの地図に記載された道と一部違った所もあるし、道自体がなくなっているところもあるので、少し考えながら歩かねばなりません。枯雑草さんによると、この旧い道は江戸時代後期、お遍路が城下を歩くことを禁止されて生まれた道だということでした。明治になってからは徐々に讃岐別院に向かって斜めに突っ切る道がメインになっていったようです。現代歩く人はほとんどいないようですが要所に遍路シールが貼られています。現代の道は歩道がなくて車の往来が激しい所がしばらく続くので、その道を避けるためにも旧い道を行く人がもっと多くなってもいいと思います。でも知らなければ歩きたくても歩けません。
蜜柑の写真は14時10分、その近くのバス停は金比羅橋、その手前のバス停犬除まで700m、犬除から県道へ這い出てきた橋までは1500mほどだから、県道へ上がってきたのは13時半頃だったと思われます。篠山神社を下り始めたのが10時30分だから3時間ほど山の中をうろうろしていたことになります。
バスが来るのは15時13分、1時間以上ガレージで休ませてもらいました。そのまま全部歩いていたら17時ちょっと前には宿に着いていたはずですが、予約の時に観自在寺の近くからなので15時から16時の間に到着しますと言っていたので、連絡を入れ直さなければ行けない、相当疲れていたので今更全部歩く気には到底なれませんでした。
バスに乗ると、お遍路の格好をしているので運転手さんは怪訝な顔で尋ねてきました。満願寺から先では中道を歩いてきた人がごくたまにはいたかもしれないけれど、ここでお遍路さんを乗せるのは絶対に初めてでしょう。それをきっかけにいろいろ話が弾みました。運転中にこんなに話してもいいのかなと思うくらいでした。今日の宿はよしのやだと言うと、宿の主人と友達だと言います。バンド仲間で、自分は今はやっていないけれど、よしのやさんは今でもギターを弾くのだそうです。
15時47分に岩松に到着、宿はバス停の目の前です。
よしのや旅館は初めての投宿、少し前までは食事もありましたが、今は素泊まりだけです。数年前には3500円と4000円の部屋があったようですが、今回は4300円でした。運転手の友達のご主人はとても丁寧でやさしい、お遍路をもてなすという雰囲気がにじみ出てとても気持がよい。食事を買える場所も丁寧に教えてくれて自転車も使ってくださいと言ってもらえました。ぼくは200mほど北にあるサークルKまで歩いて往復してきました。最後は全然歩けなかったのでここで自転車を使うことはできない。客はぼく一人でお風呂もゆっくりたっぷり楽しむことができました。いろんなことがありすぎた1日ではあったけど、本当にいい宿で疲れも吹き飛ぶ感じです。
林道に出て完全に迷ってしまったと自覚してからは写真を1枚も撮っていませんでした。もちろんそれどころではなくて、今日宿に着けるかもおぼつかない状態、やっとのことで県道に出てきても、写真のことまで気は回らなかったし、時計も止まったままでどれくらい山の中を彷徨っていたのかもメモに書き留めていませんでした。
やっと先が見えて落ち着いたところで撮ったのが上の1枚です。県道に出て歩くべき道を教えてもらって、2~3km歩いたところ、コミュニティバスのバス停を見つけて、まだ時間が大分あるので次のバス停まで歩いたところで、自動販売機があったのでアクエリアスを買って一休みしていると、近所の奥さんが声をかけてくれた。バスの終点が宿のすぐ近くであることは判っていたけれど、ここからどれくらいかかるか見当がつかないので尋ねたら、16時前には着くということでした。カンカン照りだったので、陰になるところで休んでいきなさい、と自宅の前のガレージまで案内してくれたのです。
椅子も出してくれて、大きな夏みかんも二つ。ここはお遍路さんが絶対通らない場所なのに普通にお接待してくれました。山の中で大変な思いをしたことより、今となってはこの蜜柑のありがたさの方が強く印象に残っています。
篠山神社から尾根道を北へ1kmほど進むと、左に下る道があるはずで、その分岐にマーカーがあると英語の地図には出ていて、めぐめぐさんの掲示板に投稿していた人も難なく確認できたと書いていたのですが、ぼくは見つけられませんでした。広場のようになっていて道の幅がかなり自由になっているところがあって、そこであらぬ方を歩いて確認できなかったのかと、そんなことしか今となっては考えられません。遍路標識、道しるべのたぐいはなかったのですが、木にテープが巻かれていて導いてくれていると安心しながら下っていたのですが、それは尾根道のようでした。かなり長い間下ってマーカーらしきものも見あたらないままだったのですが、道をはずしたとは長い間思っていませんでした。かなり長い間下って幅のある林道に出てきたところで、どうやらこれは違う道を来てしまったと気づきました。その林道は軽自動車が通れるくらいの道でほとんどフラットな道、そこから右の方に向かって、全くらちがあかなかったのですが、反対側に行けばもしかしたら街道の方に出られていたかもしれません。
日本語のへんろ地図には全く載っていない部分、英語の地図には向こう側まできっちり載っているけれど地図を持っていたところでどうにもならなかったでしょう。自分がどこにいるのか見当もつかない。でも大体北の方へは進んでいるという感じはあって、とにかく下へ降りれば何とかなるとそれだけを手がかりに、もう道なき道を闇雲に下っていきます。ただこのあたりは全て植林されている地域で、人が入っているのでそんなに歩きにくいということはありませんでした。
その作戦が功を奏して、大きな川が見えました、そのときは全くどこか判りませんでしたが、松田川、川沿いの大きな舗装道は県道4号、河原近くに出ていくと200mほど先に橋が見えました、これは本当に幸運でした。地図を見直すとあんまり橋はなくて、しかも川幅はかなりあるから、向こうに渡るのはかなりきびしい。一番いい場所に降りてきたということになります。橋のポイントからして県境の近くだったと思われます。県道に出てくればしめたもので完全に生還した気分ですが、方角がまるで分からず、軽トラを止めて方向だけ訪ねます。
軽食を摂って少し休憩、普通のお遍路さんであれば登ってきた道を引き返さないと40番にお参りできないから、みんな駐車場に向かって下山します。ぼくは前期に観自在寺をお参りしているので、津島に向かいます。このときはまだ大変なことが待ち受けているとも知らずに。
前期の19日目はいよいよ歩くのが辛くなって松山から今治まで一気に電車で飛んでしまいました。石手寺までは曲がりなりにも写経を納めてきたのですが、太龍寺には行けず途中断念を受け入れました。
ほとんど歩けなかった日ではありましたが、いろんな思わぬ出来事がありました。朝ユースホステルを出て道後温泉本館のところで撮影をしていたら、北の方から見慣れた二人連れがやってきます。下ノ加江、延光寺の手前、宇和島駅、そして明石寺の手前でも会ったウォーキング協会の役員とその奥さん。常磐荘に泊まって素泊まり3500円だったそうです。1室2人だから普通より安くなったのでしょう。今日は太龍寺と円明寺にお参りして、もう1泊道後で泊まって明日帰途につくそうです。
そのあとは時間がたっぷりあるので道後温泉の観光案内所で休んでいたら、ボランティアのガイドの人が声をかけてくれてしばらくお話ししました。
その後はからくり時計の広場にある足湯でくつろぎます。最初この前に来たときは本当に余裕など全くなくて、もちろん足湯など目に入らなかった。
駅に行くとちょうどいい時間に坊っちゃん列車がJR松山駅まで行くので予約券を購入します。
松山駅に到着したのは11時15分、1時間以上待合室でのんびり、そうして乗り込んだ電車に、5日前三好旅館で同宿だった愛知県春日井市から来られた川口さんがいるではありませんか。彼とも明石寺の手前で再会していたのでした。彼は久万高原の宿がラグビー大会で取れなかったのでその日はバスで松山の宿に入ったとか。今日も延命寺の手前、大西駅まで電車に乗る。それでその後の宿のことを聞かれたので、駅が近づくまで紙に書きながら教えてあげました。今年はこういうことが本当に多くてありがたいことだと思います。特にこの日は全く歩けなかったので少しでも人の役に立ててなによりです。川口さんは香川県に住んでいたことがあって、このあたりの道は仕事でよく通ったのだそうです。
今治駅を北に出てすぐ右の所にあるのがこのシクロの家、シクロとは自転車のこと、主にしまなみ海道を渡ってくるサイクリストのためのゲストハウスです。もちろん、普通の観光客や、商用で来る人、お遍路さんもたまに来るそうです。
ぼくが入ったすぐ後、外国の若い女性が来て、応対の女性が英語で流ちょうに説明していきます。その解説を聞いていて、やっぱりこれからの宿はこうでなくてはと思いました。ロッジカメリアのご主人は英語が通じなくてイギリスの男性を怒らせてしまった、と言っていたし、うたんぐらでもかなり苦労していた。増えたといっても外国人のお遍路さんは1年に100~200人、歩き遍路が4千人、車、ツアー遍路が20万人と言われることからすれば微々たる数字かもしれないけれど、もうちょっと何とかできたらいいのになと思います。今年は4人の外国の人と話ができたけれど、自分自身ももうちょっと何とかしたいと本当に思います。
シクロの家は相部屋2500円、風呂はなくてシャワーは別料金ですが、駅の反対側にあるスーパー銭湯を紹介してもらえます。すぐ近くにローソンがあるし駅の中にもコンビニがあります。今治名物のてっぱん焼き鳥の店も詳しく教えてもらえます。普通の2食付きの宿に泊まっているお遍路さんには無用ですが、野宿でまわっている人や倹約したい人にはとてもいい宿だといえるでしょう。今治駅の近くにはホテルはいっぱいありますが旅館民宿はない。ホテルは大体5000円以上だから、距離がこのあたりまでの人には格好の宿だといえるかもしれません、個室もあります。
ここまで書いてきた17の宿と22日目に詳しく書いた雲辺寺の手前の民宿岡田がぼくのHPでおすすめの宿としてリストアップされているものです。実際に泊まってみて、やはり評判通りかそれ以上で、ほとんどのお遍路さんが何の不満も感じることなく満足して泊まれることを確認できました。でも人それぞれだから、気に入らないところを感じる人もまれにいるかもしれないので、そういうことがあった場合はご容赦いただきたい。
残りの5つの初めての宿の中で、おすすめ宿に入れてもいいと思ったのは、久万高原の手前、砥部町のゑびす屋です。
たちばな旅館の600mくらい手前にあります。部屋やお風呂はこちらの方が少しよかったという感じです。たちばな旅館ではぼくの部屋は大きな宴会場だったので比較はしにくいですが。
これに加えておつゆも出てきました。今まで一番手強かったです。一つ一つを味わっている余裕もなく、ただただ完食を目指して片づけていくという感じ。丸々1時間かかって何とか平らげました。玄関の横が居酒屋さんになっていて夕食はそこでいただく、お酒を飲む人なら、いいあてがいっぱいあって楽しめそうな感じです。ぼくの前日に泊まった人が逆打ちでときわ旅館で同宿、その人もすごく満足していました。ただ朝食はお弁当です。女将さんはご両親の介護があって朝はちょっと忙しい。だから朝は車で送ってもらえません。迎えには来てもらえます。2食付きで6800円。たちばな旅館が7500円だからかなりいい勝負です。好みは本当に分かれると思います。ぼくはこれを全部食べるのがしんどかったからたちばなの方がいいかも、でもやっぱり迷う、
75番善通寺、今年も南門から入ります。2年前まではずっと御影堂を先にお参りして南門はくぐらなかった。昨年は納経帳を持っていたし、今年も写経を納めるし宿坊にも泊まるので、きっちり本堂を先にお参りします。雨が降っていたので捨身ヶ嶽禅定に登れなくて時間もたっぷりあります。
善通寺宿坊いろは会館にようやくのことで宿泊です。ここも初めてですが、宿坊と名のつくものに泊まること自体初めてです。意識して避けてきた訳ではありませんが、距離や料金のことを考えるとどうしても合うことがなかった。善通寺に関しては距離が合わない。いつもは観音寺の宿からなので、宇多津か坂出まで行ってしまうし、108ヶ所巡りで大興寺横のおおひらに泊まったときは琴平まで行ってしまいました。
ほかの宿坊はともかく、なにはともあれ善通寺だけは一度は泊まっておかないと話にならないし、これだけ巡っていて知らないというのは恥ずかしい、いろんな人の話を聞いてそういう思いが強くなってきたので、やり直しでまたとない機会を得ることになりました。今回やり直していなかったら、来年また交通機関を使うことになったか、あるいはもう諦めてしまうかのどちらかだったので、今回のやり直しは本当に良かったとあらためて思います。失敗したとか挫折したという感じは全くなくて1.3倍多く味わえたと思っています。偶然とはいえこれも大師の思し召しだったのかとそんなことも考えたりします。
夕食は鶏のお鍋にうどんも入ります、全体にまあまあという感じ、団体の人が異様な声を張り上げて騒いでいて、8人ぐらいいたお遍路の皆さんはその声にかき消される格好で話が弾みません。ぼくも一言も喋ることはできなかったけれど、その分、大浴場に1時間くらいいて代わる代わる3人と話ができたので満足しています。3人のうち2人は初めてのお遍路で、明日の宿は、一人は国分寺の近くのせと国民旅館、もう一人は先輩たちの話を参考にして国分寺から電車に乗って高松駅前のホテルに蓮泊、賢明な選択だと後の人には言いました。先達はあらまほしきかな、ですね。
善通寺は何といっても朝の勤行が値打ち、5時半からたっぷり1時間以上、法話も判りやすくて時間も長すぎずしっくり腹に収まります。ぼくが感動したのは、国宝の錫杖(レプリカ)を目の前で降ってもらったこと、やはり大師の存在感を身近に強く意識するものでした。戒壇巡りも経験しておかないと、この善通寺を味わったことにはならないと、それは思いました。
2食付き6100円、食事なしで泊まることも可能です。外国人女性2人は素泊まりで勤行にもちゃんと参加していました。
初めてお遍路に出たなら、多くの人が道後温泉の近くに宿をとって本館には入りたいと思うでしょう。でも道後には高級なホテルや旅館がいくつもあって、下調べをしていないと迷ってしまう。価格にさほど頓着しないという人もいるでしょうが、40日も50日も続けて宿に泊まるとなるとなるべく安価な宿に泊まりたいというのが普通の考え方。
今年2回お世話になった写真の松山ユースホステルは、会員証なしのお遍路割引で個室3460円、相部屋2160円。夕食が1080円、朝食が540円です。
道後温泉の近くで安いのは、ビジネスホテルさくら=3980円、ホテル中川=4130円、夏目旅館=4300円、愛媛文教会館=4500円、泉ゲストハウス=4500円、友輪荘=4550円、常磐荘=4500円(平日遍路割引)、いずれも個室食事なしの料金。
相部屋、ドミトリーで安いのは、ホテルエコ道後=2500円、泉ゲストハウス=2800円、道後ドミトリーホテル=3000円、温泉旅館どうごや=3500円、といったところです。
ぼくは長珍屋に泊まることが多かったので、道後に泊まるのは今年で2回目、前回2年前に泊まったのは泉ゲストハウス、相部屋は遅くまで灯りがついていて畳の部屋だったので仕切りのカーテンもなくよく眠れませんでした。完全な失敗。それで今回は2回とも個室にしました。
夕食はなかなかのもので大満足、食後のコーヒーもセルフで飲み放題。漬け物やサラダもバイキング方式、外人の人も何人か泊まっていたけど、そのほとんどが朝食だけ、食事代も倹約したいのでしょう。
朝食は全てバイキング、朝7時からなので、今回のように電車に乗るスケジュールでなければ断っていたかもしれません。
須崎市浦ノ内のみっちゃん民宿から11km、⑰須崎のヘンロ小屋を発つ、赤札のベテラン、横浜から来られた高橋さんです。回数からいえば岡田で同宿だった先達山口さんの18回が、ぼくの出会った最高の人ですが。彼ほどいろんな所を歩いている人は初めてでした。関東の人だから当然、秩父34観音は歩いているし、板東33観音も一部交通機関は使ったけれど大体歩いている。西国33観音は車で全部巡ったし、熊野古道は伊勢路から中辺路、大辺路など一部を除いてほとんど踏破、高野七口も全部歩いている。それぞれの様子を聞けて本当に刺激を受けました。それだけ歩いた彼が言うのは、歩くのならやっぱり四国しかない、四国ほど魅力のあるところはほかにはない。逆打ちで土佐の方へ向かいました、今日は土佐までだから楽な日、といっても35kmはある、彼も1日に40km歩く人なのでした。
須崎のヘンロ小屋から11km、安和駅までやってきました。ホームの目の前がご覧のような海岸です。この日は安和から窪川まで25kmも電車で飛んでしまいました。お気に入りの内田屋に泊まるためでしたが、内田屋は廃業になっていたのでその8km先まで歩くことになってしまいました。
49km、7時間52分歩いて、16時50分、黒潮町、有井川駅の近くにある民宿たかはまに到着しました。
37番岩本寺から30km前後の所にはいろいろ宿があって初めての人はちょっと迷うかもしれません。以前は31kmの所にある宿が評判が良くてぼくもおすすめ宿に入れていたけれど、代替わりしてかなりひどい宿になってしまいました。問題のある宿20軒の中に見事に入ってしまいました。32km歩ける人なら道の駅ビオスおおがたまで歩いて、土佐ユートピアカントリークラブに迎えに来てもらうのがなんといってもベスト、2食付き5400円だからいうことありません。コストパフォーマンスを考えれば四国でベスト5には楽に入ってしまうかもしれません。ぼくは今回はとてもそこまで歩けないので、この宿にしました。佐藤さんもかなりいいと言っていたし、ずいぶん前に八十窪で同宿だった女性が、ゴールデンウィークでどこにかけても断られて、この宿だけが布団部屋みたいな所でよければ、と救ってくれたそうです。そういう宿が悪いわけはないと安心して予約を入れました。1kmほど先にある海坊主もかなりいいと三好旅館で同宿になった宍戸君が言っていました。
海老フライは残念ながら温かくなかった、でもカツオの刺身は、さすが刺身で出すだけあって、今年食べたカツオの中では一番美味しかった。本当に新しくて活きのいいカツオはタタキなんかにしない、刺身で食うもんだと地元の人は言うようです。
同宿は仙台から来たご夫婦と女性の3人、遍路宿情報が2枚しかないので、1枚は女性に渡して、ご夫婦は明後日の宿が同じロッジカメリアだというのでその時までにコピーをしてきますと約束しました。奥さんの方は一昨日泊まった久礼の宿がすごく気に入らなくて愚痴ばっかり言っています。久礼の宿は2軒ともちょっと問題ありなのですよ、と今更ながらのことを教えます。料理はすごくいいんだけど応対の方がひどい、お遍路は料理よりも最初の応対が大きいですからね。昨日はこぶしの里(佐賀温泉)で今日は四万十川の近くまで歩いて車で迎えに来てもらったそうです。もちろん明日はそこまで送ってもらう。やっぱりいい宿、
2食付き6500円、ご主人の出迎えもいい感じだったし、何の不満もありません。納得のおすすめ宿です。
久万高原の中心から三坂峠の方へ4km、国道をちょっと右に入ったところに桃李庵があります。この日はラグビー大会があってずいぶん前に予約を入れたのに、八丁坂も和佐路も満室、後から分かったのですが一里木はラグビーの予約を入れていなくて、直前でも泊まることができた。でもぼくはこちらの方の宿にも一度は泊まりたかったので、距離は大分きつくなるけどお願いしました。予約の時たちばなからは無理だと言って危うく断られそうになりましたが、ほかに頼るところがないので必死に頼み込みました。近すぎたりしても、一応は断られそうになることもあるそうです。お遍路は直前でもすぐキャンセルを入れて、それが当たり前だと思っているような人もたくさんいるから、そういうことがないようにしっかり確約を取りたいということなのだと思います。それくらいしっかりお遍路と向き合ってしっかりともてなしたいということの裏返しでもあるようです。ぼくはしっかり15時42分に到着、奥さん共々大層びっくりしていただきました。足の調子が良ければもう30分は早く着けたのにと思うと少し残念。
中央がポークがたっぷりの野菜炒め、お米は久万高原のスーパーで一番高いというだけあって、本当に違いました。そして、玉子がどういう調理法かはっきり判らないけれど、めちゃくちゃ美味かった。黄身の柔らかさの中にはっきりした味が付いていてなんともいえない。こういう美味しい玉子は本当に初めてでした。無理して頼んで良かったとしみじみ思いました。
同宿の小金井の青木さんと浜松の市橋さんは翌日の松山ユースでも同宿で話も弾んだのですが、もう一人の比較的若い男性は食事中一言も喋りませんでした。
今年はじゃこてんは4回いただきました。2食付き6800円。