WALKER’S 

歩く男の日日

29日目=電車には乗らず

2018-04-30 | 日記


 15時55分、歩き遍路宿びざんに到着しました。計画では地蔵橋から佐古まで電車に乗るはずでしたが、結局全部歩きました。電車賃で夕食代が浮きました。
 宿案内は昨日大根のヘンロ小屋で最後の1枚を渡して手持ちはなく山を二つ越えないとコピーもできなかったのですが、山道で呼び止めることなどしない方がいいから結果的には良かったと思っています。今日出会った歩き遍路さんは日本人が49人、外国人が6人、55人はここまでの最高です。さすが連休本番、でも多いという感じはこれでもあまりしません。


28日目=続き

2018-04-30 | 日記

 今日出会った歩き遍路さんは47人、うち日本人は45人でした。日和佐を出てから弥谷観音までに出会った7組9人の方はいずれも感じがよくて声をかけやすくもれなく宿案内を渡せました。東京から来たご夫婦は息子さんが姫路で働いていたことがあって、いい町ですね、と言ってくれたし、京都から来たご夫婦は奥さんの旧姓がぼくと同じで少し和んだ一時でした。これでここまでの合計は日本人529人、外国人154です。これから連休本番だし800人は軽く超えるでしょう。龍雅荘には2日前からお遍路ハウスの事務をしている韓国の人が来ていて夕食にチゲをお接待で出してくれました。同宿は8日で一巡するという自転車の青年、太龍寺もロープウェーを使わず登って来た。


28日目=弥谷観音から真光寺

2018-04-29 | 日記


 15時52分、お遍路ハウス龍雅荘に到着しました。
 22番奥の院弥谷観音に無事迷わずお参りできたのですが、御朱印をしてくれる阿波福井駅近くの真光寺にもなんとかたどり着いたものの住職は不在、玄関に貼り付けてあった携帯にかけると今日の遅い時間か明日ならと言われました、お遍路にそんな余裕はないので、また来ますと言って切りました。まあこういうこともあります、お遍路は受け入れるしかないので、べつにがっかりもしないし腹もたたない。今年の夏に21番と23番の奥の院に青春18きっぷで行くのでついでにいけるかもしれません。


27日目=続き

2018-04-29 | 日記

 カフェフクナガでも3年ぶりにお接待です。昨年一昨年はこの区間は電車でした。ミルクをいただきました。ニューヨークから来た女性といっしょでした。その後は牟岐の接待所、場所は同じで新しいヘンロ小屋が出来ていました。この前は4年ぶりになるかもしれません、前に警察署の横でいただいたのはもう12年も前のことです。牟岐ではコーヒーとゆで玉子2ついただきました。接待所が閉まる13時直前までゆっくりしてしまったので、牟岐から最後の15㎞は本気で歩きました。143分、ベストより1分早いタイムを出してしまいました。時速は6.3㎞でした。今日出会った歩き遍路さんは日本人19人、外国人7人でした。さすがに甲浦まで電車に乗る人は少ないようです。ここまでの合計、日本人484人、外国人152人、昨年外国人の割合は13%だったのに今年は24%、


27日目=三つの接待所コンプリート

2018-04-28 | 日記


 15時42分、お宿日和佐に到着しました。今日も三つの接待所でゆっくりしてしまったのでこの時間です。最初の阿波海南駅近くの接待所には初めて入ります。リポDがクーラーボックスに入っていました。そこに先にいたのが野宿の青年、彼は萩森リストも持っていなくて通夜堂の情報も全く知らない。時々は宿にも泊まるというので宿案内を渡して通夜堂のある札所も無理矢理教えて書き留めるよう促します。最初は乗り気ではなかったようですが、ぼくがいろんな解説をするうちにそれもいいかと考えが変化したようできっちり書き留めてくれました。前にも行き当たりばったりを良しとする野宿の青年と話したことがありますが、客観的に観れば実に貧しく愚かしく勿体ないことです。歩いて野宿してだけの出会いも少ない重い荷物に難渋するだけの旅、そこからでも得るものはあるし始めからそういう旅を希望しているのだと彼等は言うかもしれない。でもぼくは敢えてお節介をする、知識や情報をを得れば得るほど豊かな旅ができると信じているから。


26日目=続き

2018-04-28 | 日記

 今日出会った歩き遍路さんは日本人15人、外国人8人で予想をおおいにはずれた形ですが、岬から野根までの区間でみると日本人7人、外国人7人でした。実際甲浦から来るバスの中にお遍路姿の二人を確認しました。5人と立ち話をして4人に宿案内を渡しました。渡さなかった一人はゴロゴロを1㎞ほど過ぎたところで出会う、ここから一番近い宿でも16㎞先、どこに泊まるのかと聞けば、佛海庵だという、そしてその発音を聞いて韓国の人だと確信、韓国からですか?そうです。ではチェサンヒさん、ヒーさんを知っていますか?そこで彼の顔色が変わる、逆に、ヒーさんを知っているのかとぼくに訊く。1度お遍路のオフ会でお話ししたことがあると答えると、大感激、一緒に写真をと頼まれ初めて自撮りツーショットに収まりました、すぐにヒーさんに送りますと興奮覚めやらず、ちょっとしたお節介がこんなに人を喜ばせることもある、勿論ごくまれなことですが、こちらとしてもこんなに嬉しいことはありません。


26日目=韓国から来ました

2018-04-27 | 日記


 16時11分、民宿みちしおに到着しました。立ち話の時間は短かったのですが、朝食が6時半で出発が7時10分になってこの時間。
 岬からの国道はどうしても太平洋と一騎討ちという感じで自然と力が入ってしまいました。ここまでは意識的にタイムは緩めで足を痛めないようにしていたのですが、筋肉の痛みも全くないし残りも少なくなったので動きたいだけ動かしました。おかげで椎名郵便局から徳増、徳増から佐喜浜の区間はベストタイ、佛海庵からゴロゴロまでもベストに近いタイムでした。1日の後半でこのタイムが出るのは余程調子がいいと言えます。でも明日からは距離が短いのでのんびり押さえて歩きます。出来れば終始笑いながら、


25日目=続き

2018-04-27 | 日記

 今日出会った歩き遍路さんは日本人9人、外国人9人でした、金剛頂寺の宿坊に泊まった人は9人いたと聞いたのですが、3人しか会えませんでした。ちょうど羽根岬の山越えの道と国道の2つに別れる時間だったということもありますが、バスに乗った人もいるはずです。同宿の3人も明日はバスに乗ると言っているし、昨日の同宿の人もバスに乗ると言っていました。明日の室戸岬からの道では外国人の方が多くなるのは確実です。ちょっと情けなくないか日本人、そんなことも思いたくなります。


25日目=安田〜田野〜奈半利〜室戸

2018-04-26 | 日記


 14時11分、金剛頂寺に到着しました。お参り納経を終えて接待所で上がって来る歩き遍路さんを待ち構えたのですが、残念、一人も現れませんでした。宿坊は満室、50人の団体の予約が入っていると接待所の人が言っていたけれど、個人の予約は入っていないのか、15時も近くなったので山を下って宿に向かいます。15時12分、民宿うらしまに到着しました。


24日目=続き

2018-04-26 | 日記

 今日出会った歩き遍路さんは、日本人11人、外国人8人でした。ここまで24日間の合計は日本人441人、外国人128人です。外国人の数はほぼ想定通りで昨年とあまり変わらない感じですが、日本人はかなり少ない。四国に来る人が少なくなったというより想像以上にバスや電車を使う人が多いようです。今日でも住吉荘、しおや宿、かがみ宿、黒潮ホテル、丸米旅館、お遍路さんがよく使う5つの宿から来た人はたったの一人でした。連休直前でエアポケットのような時期になるのかもしれないけれど、宿の経営は大丈夫なのかと心配したくなるほどです。


24日目=八丈島からお遍路

2018-04-25 | 日記


 15時44分、民宿とうの浜に到着しました。その気になれば15時には着けたのですが、また立ち話(二回は座って)が長くなってしまいました。夜須駅前で30分以上、特養でも30分以上やってしまいました。おかげでカリヨンの時間にギリギリになって英子さんのお接待所からカリヨンまでベストタイのスピードを出してしまいました。
 夜須にんぎょちゃんの近くの縁石に座って遍路地図の宿名簿を一心に見つめている。これはと側に座って話を聞く、連休28日からの予約が取れず困っている、前日の三陽荘は取れているので須崎中心部の宿、軒並み満室でどうしたものか思案中。ではちょっと先のひかりはどうですかと助言、してみると予約成立。その次の日は岩本寺宿坊に先ず電話、満室、では村の家にしましょう、してみると見事予約成立、その次の日は土佐ユートピアを推薦、予約成立、これで今月中の宿が確定、一安心されたようです。その後も宿案内を渡していろんな話をさせてもらいました。こういう時ほとんどお札は交換しないのですが、何故か頂けますかと言ってしまう、そのお札を見て声をあげてしまいました。東京都八丈島と書かれてありました。30分かけてお節介して本当に良かった、


23日目=9時35分に宿を発つ

2018-04-24 | 日記

 15時25分、遊庵に到着しました。今日は1日中しっかりした雨、午前中は30番奥の院安楽寺と2つほど記念館に行く予定だったのですが、濡れる時間を少なくするために三つとも止めにして宿でギリギリまで粘りました。でも29番奥の院の毘沙門の滝はきっちりお参りしてきました。想像以上の大迫力でしばし見いってしまいました。雨なので携帯は出せませんでしたがデジカメの方では押さえています。納経所ではお参りしてきたか訊かれなかったので、順打ちの人で先に納経してもらってからお参りというのもできるようです。
 今日は歩いた距離が20㎞ほどだったので出会った歩き遍路さんは15人、うち外国人は4人でした。


22日目=龍馬の生まれたまち記念館

2018-04-23 | 日記


 16時40分、かつおゲストハウスに到着しました。
 今日は33番奥の院中谷堂と31番奥の院船岡堂の御朱印をいただきました。31番をお参りしたあとは予定通り高知駅に向かい龍馬パスポートの更新をしました。今回はこれが必須だったので今日の午後と明日の午前は市内見学というわけです。高知城は何年か前に行ったけれど、その時は天守閣には入らなかった、今回初めて登ってみると想像以上に凄いお城であることがはっきり分かりました。最初は国宝であったというのも理解できます。
 今日出会った歩き遍路さんは日本人が12人、外国人が12人、ここまでの合計は535人です。


21日目=うるめいわしと宇佐大橋

2018-04-22 | 日記


 15時52分、高知屋に到着しました、がチェックインは16時なので雪蹊寺で待機、同宿の二人も待っています。33番奥の院中谷堂に行くつもりだったのですが、6人くらいの人と次から次へと立ち話をしてしまい、思った以上に押してしまいました。今日は日本人19人、外国人14人の歩き遍路さんに出会いました。バス電車の使えない区間だとこれだけの数になる、つまり使える区間では使う人が確実にいるということでもあります。28番と27番の間、24番と23番の間も乗る人がかなり見込まれるので、目標はかなり下回りそうです。
 なずなの朝食にうるめいわしが出て心の中でガッツポーズ、なぜなら日本の歌(永六輔作詩、いずみたく作曲、デュークエイセス歌唱)高知県の歌は坂本龍馬でもカツオでもなくうるめいわしが主題だったのです。気になる方は検索してください。
 もう1つ嬉しかったのは宇佐大橋の欄干が高くなっていたことです。安心感が全然違います、これで鬼門が1つ解消。ただしはじめの15%くらいは昔のままです。


20日目=続き

2018-04-22 | 日記

 昨夜デンマークの女性からアヤカさんに今日の予約が入っていたのを脇で聞いていて、道中で会えるかもと少々期待していました。そうしたら焼坂トンネルの1㎞ほど手前で外国人二人連れ、予約は二人のはずだから間違いないと、デンマークからですかと声をかけると、その通りでした、もう一人が男性だったのは意外で彼はデンマークの人でもないようでした。ちょっとお話しできて笑顔で別れることができました。今までなかなかできなかったので嬉しかったし有難かった。ここまで出会った日本人男性は311人、日本人女性は77人、外国人は90人でした。ペースは一向に上がらず、800人に届くかという感じです。