今日は午前中雨の降る中ジャスコまで往復、午後も軽く4km弱歩いて、今月累計280kmを達成した。落合トンネルを抜けて1km先くらいまで来たことになる。下坂場峠(久万高原町)まであと4kmくらい。
今朝の姫路の最低気温は11.2℃、この冬最高を記録した。室温は14℃でこちらも最高を記録した。週間予報では相変わらず木曜から3日続きでマイナスがついている。
今日は2回に分けて14.4km歩く。明日が雨の予報なのでできるだけ稼いでおきたかった。これで今月の累計は272km、明日8kmで大きな目標をクリアする。
大江健三郎のふるさと大瀬の町を抜けて6km先、突合の分岐点までやってきたことになる。左へ行けば国道379号で下坂場峠へ至り、右へ行けば国道380号で小田の町を抜けて真弓トンネルへ至る。久万高原町まであと13kmだ。
今朝の姫路の最低気温は3.0℃、これで5日連続で冬日を免れたことになる。これまでは3日連続が最長だから、着実に春に近づいている。ただ、木曜から3日連続マイナスの予報が出ているから、このまま春になるわけではないようだ。でも昨年は3月に冬日はなかったから、この予報をそのまま鵜呑みにはしていない。
今朝の姫路の最低気温は3.8℃、予報では-2℃だったから5℃以上のずれになった。寒気が入って放射冷却もあるからそういう予報になったのかもしれないけれど、昨日の最高気温が18℃だというのを考慮すればそんな数字にはならないというのは素人でも判断できる。室温も10℃までしか下がらなかった。来週の木曜と金曜にもマイナスがついているけれど全く当てにならない。
今朝の姫路の最低気温は10.5℃、今年初めて10℃を上回った。室温も13℃でこちらも今年最高になった。これは4月並みの気温で、明日からはまた冬に戻るようだ。明日と6日後にもマイナスが復活した。でも日中の気温がこれだけ高いと室温に関しては真冬並みに戻ることはないと思う。
今日も午前と午後2回に分けて10kmほど歩く。42番仏木寺から3kmの地点、歯長峠を過ぎたあたりまで来たことになる。歯長峠は宇和島市と西予市の境になっている。
放送日は来週の月曜日と火曜日。NHKBShiで午前10時から2回分が続けて放送されます。お遍路のことが本当によく解説案内されているし、各札所の風景は現地ロケされていて一度でも歩いたことがある人なら懐かしく四国の風景を楽しむことができる。
7:52 2ヶ月ぶりに最寄り駅の改札を抜ける。
8:06 10分で特急が停まる駅に到着。
まもなく阪神梅田行き直通特急がやってくる。
8:55 東二見の手前で前を行く普通電車が不調になったため、3分遅れで新開地に到着。
乗り換える阪急梅田行きは9時2分発なので問題はなかった。
9:34 定刻に十三に到着、階段を登って京都線のホームへ。
9:43 河原町行き特急が入ってくる、京都線の列車に乗るのは昨年の8月以来になる。
10:23 定刻に河原町に到着。
高島屋の入り口を横目に地上へ上がっていく。京都での用事はほとんど京都会館周辺なので、こちらの出口から上がるのは初めてかもしれない。
10:25 河原町通りの交差点の南西の角に出てきた。
南側に目をやると、廃業した河原町阪急が覆いをかぶっていた。
10:29 河原町通りを北へ200mほど行くとコンビニがある。ここが本日最初の目的地。入り口横の自販機の隣に注目。
ここは坂本龍馬が暗殺された近江屋の跡地。20年くらい前にもここに来たことがあったけど、そのときにはコンビニではなかったと思う。
この高札もそのときにはなかった。ごく新しいもののようだ。
10:34 さらに北へ300m行くと三条通に当たる。当たって右折したところ、しばらくはこの道を東へ行くことになる。
池田屋跡に池田屋ができていた。20年前は確かパチンコ屋だったはず。
10:35 この石碑も20年ぶり。
非常に詳しい解説版が設置してあった。これも前に来たときはなかった。こちらは京都市ではなくこのお店が独自で作ったもののようだ。左上は池田屋の間取り図と写真。
10:36 高瀬川を渡る。
10:37 20年前にこの前を通っていたはずだけれど、この碑を見た覚えは全くない。
この解説板は商店街振興組合が設置したもの。
10:38 東海道の起点(江戸から見れば終点)三条大橋にやってきた。ここから本日の旅が始まる。
10:39 道路を横切って南側の橋のたもとに弥次さん喜多さんがいる。
10:40 鴨川を渡る、ようやく東海道を歩き始める。
10:41 橋を渡りきると京阪三条駅。
10:42 高山彦九郎皇居望拝之像、高山彦九郎という人も知らなかったし、この銅像がここにあることも今の今まで知らなかった。
10:47 花見小路を横断する。
10:49 なじみのある東大路の交差点にやってきた。京都会館に行くとき南からこの交差点に来て右折する。そして100m先を左折して北上する。つまりぼくが歩いたことのある三条通は鴨川の東側ではこの100mだけだった。
10:51 ぼくがいつも歩く古川町通、京都文教高校の横を通って岡崎公園、京都会館に至る。
地下鉄東山駅の前を通過、ここからは全て初めて歩く道になる。
10:53 白川を渡る。白川端はぼくの大好きな京都のひとつ。
渡った橋は白川橋。
10:56 ここらあたりから緩やかな上り坂が始まる。
10:58 左手に立派な建物が見えたので、何かと思えば、立正佼成会の普門館だった。普門館は東京杉並のものだけではなかった。立正佼成会の講堂が全部普門館だとすればもっと多くの普門館が全国にあるのかもしれない。
11:00 ミヤコホテルの前に来た。ウエスティンミヤコ京都と名前が変わったのはどうしたことかと思っていたけど、乗っ取られたわけでも子会社になったわけでもなく提携を結んだだけで経営母胎は変わっていなかった。
11:01 ここから右(南)へ大きくカーブしていく。道が南北になっても三条通。
11:03 ミヤコホテルを過ぎると、すぐ蹴上浄水場の裏門。
すぐ隣に地下鉄蹴上駅がある。
11:04 立派な浄水場の塀が続く。
11:08 浄水場の正門、裏門からここまで500m、右側全部が浄水場になっている。
11:10 ここらあたりが峠のようだ。東山の中で最も楽に越えられるところに東海道が造られた。山という感じも峠という感じもほとんどない。
11:11 上を走るのは東山ドライブウェイ。地図でイメージしたとおりだった。
11:15 最初のハイライトにやってきた。ここから県道143号(三条通)を離れる。
11:16 想像していたよりずっと街道らしい道、両側に家は建て込んでいるけれど、峠越えの山道という風情も十分残っている。
11:17 普通車がやっと通れるくらいの狭い道、江戸時代の街道としてもかなり狭い道ではなかったか。やはりこの部分は街道というより山越えの道だったのだろう。
11:19 県道を見下ろす、県道の方が先に下っていく。
11:21 現代の家が建ち並んでいるけれど、頭の中でそれら全てを取り払い、雑木林をまわりに生やせば、大石内蔵助が祇園町まで通ったその道そのもの。容易に想像できる。
11:24 下り坂が始まった。山科の里は近い。
11:25 予想もしなかった急降下が続く。江戸時代にはこんな坂の途中に家などなかったでしょうね。当時の里はまだまだ先だろうしもっとこぢんまりした集落だったかもしれない。
11:26 ちょっと広い道路(市道勧修寺日ノ岡線)を横切る。大分緩やかになったけれど下り坂はまだ続いている。ここから400m先が第2のポイント。
11:28 ほぼ平地になった。駅前まではまだ少し距離はあるから、昔はほとんど田畑だっただろう。
11:30 2番目のポイントにやってきた、この交差点を右折する。グーグルマップで見たとおり、ちょっとずれた四叉路になっている。ただもう一つの目印にしていたシャトレなんたらというマンションが見あたらなかったので、念のために直進して確かめる。直進するとすぐ県道に突き当たったので、やはりここを右折するのが正解だと確信。2分ほどの寄り道になった、でも間違えた道を行くよりはいい。
11:33 先の交差点に引き返して南へ向かう。
11:34 東海道本線の下を抜ける。さっきの交差点からこのトンネルが見えていれば迷わずこちらに来たけれど、微妙にゆがんでいて見えなかった。
11:35 トンネルの出口から薬屋の看板が見える。野村薬局の角を左折、ここが第3のポイント。
確かに野村薬局、ここから逢坂の関までほぼまっすぐの道が続く、はず・・・。
11:36 山科の中心部へ近づいていくけれど、道幅は依然として狭い。
県道143号を横切る。県道は斜めに切れ込んで、この先で東海道と平行に東西を走る。山科の街を走っていても三条通。