北見の伯母の葬儀に両親を連れて日帰り行ってきました。
ちょっと大変でしたが、いろいろと優しくしてくれた伯母を見送れたことと、父を兄である伯父に会わせることができて、行って良かったと思いました。
伯母は享年86歳で、ちょっと持病はあったものの経過観察をして良好に日々を暮していた中での突然死。
普段から「うちのお父さん(伯父)は私がいないと何にもできないから、一分一秒、一時間でもお父さんより後に死なないと行けないのよ」と言っていたとのことで、家のきりもりを全て完璧にこなしていた伯母。
私生活では華道の指導を長年行って、病院のナースへや地域の女子大でも指導を受けた人は多かったそう。
今回も救急車で運ばれた先の病院にかつてお花を習ったナースがいて、「あら先生!」ということになり、亡くなった後もとっても良くしてくれたのだとか。生前のご縁はいろいろなところに跳ね返ってくるものですね。
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葬儀の喪主は伯父でしたが、いとこが施主として裏方で奔走。陰の苦労話を聞いて、明日は我が身だなあと思っていました。
伯父の家はいよいよ90歳を超える伯父が一人で暮らすことになり、これまで家事をほとんどしたことのない伯父のこれからをいとこ達は思い悩んでいました。
家庭の中で家事の役割分担をするというと聞こえは良いのですが、相手に頼る部分があると、いなくなったときにその負担は大きなものになります。
半分くらいはとりあえずなんでもできるように、どこに何があるかくらいはわかるように、もしもの時を考えたメモを残すこと…など、いろいろと考えさせられました。
お通夜での法話で、お坊さんから「悩みや苦しみのない人生はありません。しかし悩みや苦しみがあるからこそ、それをどう乗り越えるかという人生の営みと成長があるのです」という言葉が心にしみました。