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「富士日記」 26 (旧)七月廿九日、八月一日

(マキノキの実、やぞうこぞう)

遠江では、マキノキの実をやぞうこぞう(弥蔵小僧)と呼ぶ。大井川の向こう、駿河では何と呼ぶのか、今度聞いてみよう。やぞうこぞうは秋が深まってくると、赤黒く熟して食べられるようになる。

朝から、義姉の見舞いの女房と伊勢まで行く。3時間少々で伊勢に着き、夕方には戻って来た。

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「富士日記」の解読を続ける。

廿九日、つとめて(早朝)主出でて、初めて逢えるに、刑部国仲はもとより、去年、木下彰寿と云える薬師(くすし、医者)、一年(ひととせ)ばかりこゝに侍りしが、季鷹(すえたか)がことは、つばらにうけ給わりて、ゆかしう思い参らせつるを、かしこくも訪わせ給うものかな。ゆるゝかにこゝに物し給え。しおの山、差出の磯を始めて、この国に名立たる所々をも見せ参らせ、かつ承り明らめまほしきことも多かりとて、懇ろ(ねもごろ)設けなどしたり。
※ つばらに(委曲に)- つまびらかに。詳しく。
※ ゆかし - 見たい。聞きたい。知りたい。
※ かしこし(畏し)- もったいない。恐れ多い。
※ 明らめる(あきらめる)- 事情や理由を明らかにする。はっきりさせる。
※ 設け(もうけ)- 食事のもてなし。ごちそうの用意。


やがてこの宿りの近隣(ちかどなり)なる、甘利好道も訪い来て、何くれと物語りす。この二人は学問をも遊びをも、諸ともにして、いと良き仲らいと見えたり。先ず、伊勢物語を取(と)う出て、覚束なき所々を、二人問い聞きつゝ、日暮らし、夜も更けぬ。
(原注 源氏(物語)箒木巻に、
      打ち連れ聞こえ給ひつゝ、夜昼、学問をも遊びをも諸ともにて)

※ 仲らい(なからい)- 人と人の間柄。人間関係。


八月朔日、今日も昨日の如(ごと)、物語にて日暮れぬ。この物語、いと/\誤字多きを、そがまゝに久しく伝えり。中にも、歌にはいとゞしく、過ぎに方てふ(という)を、過行とあやまり、きつにはめなむてふ(という)をはめなで、はた思いをつけ通してかえらんを、掛け歌と同じく、かえさんと誤れる類いなど、説きつゝ、耳を驚かしつ、かつくだかけの説は、近来も様々云えれど当たらず。季鷹が考えあれど、こと長ければここには漏らせり。
※ いとゞしく - ますますはなはだしく。
※ きつ(れい)- おけ。水槽。
※ 掛け歌(かけうた)- 相手に対して言いかける歌。問いかけ歌。よびかけ歌。⇔返し歌。
くだかけの説(くだかけのせつ)- 伊勢物語十四段の、
   夜も明けば きつにはめなで くたかけの
        まだきに鳴きて せなをやりつる

という歌の解釈上の諸説。「きつにはめなで」を「狐に食わせる」などの異説あり。
※ くだかけ - ニワトリの古名。くたかけ、とも。
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