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「富士日記」 25 (旧)七月廿八日(つづき)

(今日の夕焼け)

「紙魚」の原稿を書き上げて送る。依頼は2400字までという話であった。題は「慶応四年(明治元年)志太郡神座村 御觸写し帳」とした。

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「富士日記」の解読を続ける。

とにもかくにも、先ずかの方に出でゝこそはとて、行き至れりければ、涼みとれるにや、里の子二、三人立てり。しかじかと聞くに、そは則ち、この里にて、嶋田左衛門どのは、この二、三軒彼方(あなた)に、長屋門構えたる家なりと、教うる。嬉しさ、似るもの無し。

翁にねぎらい厚く言いて、銭(ぜに)与えて帰しつ。五本(もと)ばかり持て詣でたりし、続松(ついまつ)の、残り少なげなれば、帰さの道、如何ならんと思えど、術(すべ)なしなり。

さて、門に入りて、消息(しょうそこ)せさするに、主は二里ばかり彼方(あなた)に、しぞく(親族)の侍るが、昨日そこに出て、未だ帰り侍らず。今宵も今まで帰り侍らねば、覚束なしと言い出したれば、また胸潰るれど、とまれかくまれ、かく夜に入りて、辛うじてたどり参りにたれば、主居まさずとて、何処にかは明かし侍らん。今宵一夜は簀の子にもあれ、枕借り侍らんとて、ひたぶるに言えば、
※ 消息(しょうそこ)- 他家を訪れて、来意を告げ、案内をこうこと。

さすがにすべなくや思いけん、渋々に、先ず入り給いねとて据えて、夜さり御物など、しぶ/\出だしたるを、食(たう)べて後、一間に入りて、枕はとれるものから、今日の道、直(す)ぐに来てだに、十二里ばかりにて、嶮しき山路なるを、かく惑い歩(あり)きぬれば、幾らとも測り難し。供の男(おのこ)も、さぞ萎え枯れぬらんと、思いやられ、我れもかく遥かなる道を来たるに、湯浴めだにせねば、いとゞ疲れて、(とみ)も寝(い)を寝兼ぬるに、
※ 夜さり(よさり)- 今夜。今晩。
※ 御物(おもの)- 食べる人を敬って、その食物をいう語。
※ 萎え枯れぬ(なえかれぬ)- 疲れ果てる。
※ 頓に(とみに)- 急に。にわかに。


亥の時(午後10時頃)ばかりにもやと思う頃、主、式穀返りぬとて、人して、かく遥かなる(あがた)を、殊更におわしたる喜び、かつ宵より居りあえで、なめげなり畏まりをも、聞こえ参らせまほしう侍れど、夜も更け侍れば、明日対面(たいめ)給わらむを、ゆるゝかに寝(い)ね給いねと言い出したるに、初めて心落ち居ぬ。今宵かく主の帰らざらましかば、この留守預かれる人々、訝(いぶか)しむらんものをと、返す返す嬉し。
※ 縣(あがた)- 地方。いなか。
※ なめげなり - 無礼だ。失礼だ。
※ 畏まり(かしこまり)- わびを言うこと。言いわけをすること。


読書:「沈黙法廷」佐々木譲 著
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