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峡中紀行下 15 九月十六日、後主一族の最期、鶴瀬に宿す

(散歩道のタチアオイ)

荻生徂徠著の「峡中紀行 下」の解読を続ける。

また勝(勝頼)国間の事を問う。今、景徳院の門前の処、その時、二、三の人家有り。後主の走りてこれに至る。追う者既に逼(せま)れば、則ち、夫人、衆姫(多くの姫たち)、妾(そばめ)を一民の家に、納(い)れしむ。その人名は清右(清右衛門)、その子孫、見(現)に在り。なおその時の事を語す。

時に茅を庭場に積むに会う。命じ搬(うつ)して、以ってその門口を擁塞し、一炬を呼びてこれを火にす。侍女の輩(ともがら)、或は走り出る者有れば、皆諸を燄烟の中に砍投す。南牟(南無阿弥陀仏)の声と哭泣、倶に聞こう。後主曰う、今にして心頭罣碍無し。その烈知るべし。
※ 擁塞(ようそく)- ふさぐ。
※ 燄烟(えんえん)- ほのおと煙り。
※ 砍投(かんとう)- ぶった切って投げ入れる。
※ 哭泣(こっきゅう)- 大声をあげて泣き叫ぶこと。
※ 心頭(しんとう)- 心。心の中。
※ 罣碍(けいげ)- 障りや妨げ。障害。


迺ち地の稍(やや)高きものを覓(もと)む。今の廟を構える処を得たり。宝甲盾無なるものを出し、郎君(勝頼の嫡子信勝)に衣せ、土屋宗蔵をして、これが師為しむ。顛沛の間、その礼を執ること、(こう)せざるものかくの如し。
※ 宝甲盾無 - 武田家の家宝「楯無」。兜に鬼の面の付いた鎧兜。
※ 顛沛(てんばい)- とっさの場合。つかの間。
※ 苟(こう)- いい加減に。


後主、則ち偃月刀を提げて、出て奮戦せんと欲す。宗蔵諫めて曰う。主君、則ち新羅三郎の宗統の在る所、二十八世、社稷の重きを承く。上天の不弔なる、一旦運移りて、業已(すで)にこれに至りて、豈(あ)匹夫の勇に放ちて、首を奴子輩に授くべけんや。
※ 偃月刀(えんげつとう)- 中国古代の武器。刀が弓張り月の形をし、長い柄がついている。なぎなたに似る。
※ 新羅三郎(しんらさぶろう)- 源義光の異名。平安時代後期の武将。源頼義の三男。兄に源義家(八幡太郎)や源義綱(加茂二郎)がいる。子孫は佐竹氏、甲斐源氏などに分流。
※ 社稷(しゃしょく)- 土地の神(社)と五穀の神(稷)。
※ 不弔(ふちょう)- 天のあはれむ所とならず。
※ 匹夫の勇(ひっぷのゆう)- 思慮分別なく、血気にはやるだけのつまらない勇気。
※ 奴子輩(やっこばら)- 多くの人をののしっていう語。やつら。


後主憤りを抑ヘ、甲(かぶと)を觧(解)き、石上に端坐して、宗蔵をして刃を奉じて終(つい)を取らしむ。或は云う、小原丹後をしてせしむと。従行の将校、皆、互に刺して以って死す。
※ 耦(ぐう)- 仲間。ともがら。

最後に宗蔵及び僧の麟岳在り。岳謂う、弓刀の士、その刃を運ぶの士(さむらい)自屠するに方(ところ)で、力或(る人)足らず、死なんと欲して能わず、呼吸線存す。これ豈に大いに欲すべからざるの事にあらずや。僧は則ち害亡しなり。迺ち宗蔵をして先立たしめ、審(つまびらか)にその裏事を克するを眎(み)て、後に岳、口を以って刀に伏し、その背を鋒貫して死す。世に後主、攢戟の下に殞(し)すと謂うは、伝聞の誤りなり。
※ 自屠(じと)- 自殺。
※ 線存(せんぞん)- 糸のように細く在ること。
※ 鋒貫(ほうかん)- きっさきを貫くこと。
※ 攢戟(さんげき)-「攢」は「あつまる。むらがる。」、「戟」は「ほこ。」「鉾が群がる」で「戦場」を示している。


予始めて後主の影像を拝する時、なお拝せざるが如し。然り、これに至りて悚然に勝らず。
※ 悚然(しょうぜん)- ひどく恐れるさま。ぞっとしてすくむさま。
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