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峡中紀行中 10 九月十三日、毒水を嘗む

(庭の松のセッコク、今年も花盛り)

荻生徂徠著の「峡中紀行 中」の解読を続ける。

転眄の間、覚えず、嚮(さき)の澗(谷川)処に至る。則ち衣を振い、澗中、石出るものの上に立ちて、相顧て謂う。阪を上る時、将に許りならんと謂う。今は則ち、百歩にも満たざるに似たり。現成(眼前)の阪路、何に縁りて一脩(長)一短なるや。豈に、山上実に神仙なる者有りて、俗物来るを嫌がる為めの故、(か)て、これを遂出するか。
※ 転眄(てんべん)- ちょっと脇見をするころ。
※ 里、二百歩 - 1里は654メートル。100歩は180メートル。
※ 駆る(かる)- 追い払う。
※ 遂出(ついしゅつ)- 追い出し遂げる。


俯して崖側に就いて、巌礬及び焦石の紋を裂くものを採りて、また就いて、澗(谷川)の金砂を掬(きく)すれば、則ち閃々として、人手を避けるもの状の如し。澗(谷川)を踰(こ)え、壟に上りて、行々話す。嚮(さき)の者へ、塁所の嶺後を問えば、則ち鸚鵡澳なるものにして、即ち大武川の曲り極めて奥絶する処、岸闊(ひろ)く嶺峻(けわ)しく、唯鳥道のみ在り。
※ 閃々(せんせん)- 輝くさま。きらきら。
※ 鸚鵡澳(おうむおう)- 鸚鵡(おうむ)は「大武」であろう。「澳」は「広々とした田畑や野原の遠い所。」という意。


また云う、ここを去ること十二、三里にして、一條の故塁有り。石室、二三十人を受くべし。堂房炊■厳然として識るすべし。而(しか)れども、その的(たしか)に何の代に在り、何事をすることを審(つまびらか)にせず。意(おも)うに、譜牒中の忠頼なる者、隠るゝや。或は行き、或は語り、千里眼(山の名)忽ち頭上に在り。
※ 堂房炊■ -「堂」は「多くの人の集まる建物」、「房」は「小部屋」、「炊」は「炊事場」、「■」は广(まだれ)に畐(不明)。
※ 厳然(げんぜん)- 動かし難いさま。
※ 譜牒(ふちょう)- 家や氏の系譜を書き表した文書。系図など。


路側の樹根にして以って憩う。一(僕)の後れ来て、喘息頗る麁(あら)きを見る。曰く、試しに毒水を嘗(なめ)む故に後れたるなり。驚き、これを問えば、則ち曰く、小人、この東奥に生れて、少時より、毛人氏の事を習聞す。毛人毒箭を造り、山中に往きて、草を採り、泥に擂(と)ぎて、少し許りを舌尖上に置く。以ってその毒を験(ためし)む。猛きは舌輙ち裂く。緩きは裂けるもまた緩し。
※ 踞(きょ)- しゃがむ。うずくまる。
※ 喘息(ぜんそく)- 息を苦しそうにすること。あえぐこと。
※ 小人(しょうにん)- 小者。(自らへりくだっていう。「小生」などと同じ)
※ 毛人氏(えみし)- 蝦夷(えみし)のこと。
※ 舌尖(ぜっせん)- 舌の先。
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