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クライマー山野井夫妻の挑戦

(ムサシと散歩)

昨日の夜、NHKBShiの「白夜の大岩壁に挑む~クライマー山野井夫妻~」という番組を見た。昨年11月に放映された番組の再放送のようであったが、もちろん自分が見るのは始めてである。

夫の山野井泰史氏は2002年秋、ヒマラヤのギャチュンカン北壁を単独登頂するも、サポートをしていた妙子夫人ともども雪崩に遭い、奇跡の生還を果したが、夫は15本、妻は18本の手足の指を凍傷で失った。クライマーにとって致命的と思われる怪我であった。

その話は沢木耕太郎の「凍」という作品で読んで知っていた。もうハイキング程度の登山しか出来ないと思われていたが、夫妻はトレーニングを重ね、用具も自分たちの身体に合わせる工夫をして、今では往時の65%ほどの能力が出せるまでなった。その夫婦がグリーンランドの未踏峰、高低差1300メートルの大岩壁(オルカと命名)に挑んだ記録である。

夫婦には、自らも何本かの手足の指を失っているプロの山岳ガイド、木本哲氏がお互い痛みの解るパートナーとして参加した。映像にこそ映らないが、カメラマンがほぼ3人と行動をともにして撮っているから、垂直に見える岩壁をどのようにして登って行くのか、その仕組みが良く理解できた。

まずトップがルートを切り開いて、腰の回りにぶら下げた5kgもの登山用具を駆使し、岩壁にロープをフィックスしていく。二番手はトップにロープを送りながら、いざという時に支える役割を持っている。三番手は荷揚げをする。そのような役割分担があり、最も体力を消耗するトップを交代で果すため、3人がローテーションして行く。

ハンディを感じさせないクライミングで、1300mの大岩壁を3週間かけて登った。「妙子は長い間ピークに立っていないから」と話していた、山野井氏は登頂直前に夫人にトップを渡し、初登頂に栄誉を夫人に譲った。広くない山頂の360度、1300m落ち込む断崖である。はるか下の氷河や極北の山々の絶景はこの世のものとも思えない。自分の手足で登ってきたものだけが、肉眼で目にすることができる景色である。ただ高所恐怖症の自分には遠慮したいシチュエーションであるが。

登山を扱った番組は大概ここで終わりになる。この番組も違わなかったが、ギャチュンカンでもそうであったように、往々にして事故は下山時に起きることが多い。フィックスしたロープを回収しながら、どのように下山するのだろうか。見てみたいのは自分だけではないと思うが、映像が流れることは無い。番組としては成り立たないのだろう。

「ギャチュンカンはどうでもいい。自分に関心があるのは明日昇る壁だけだ」という山野井氏は、また「指を失ったことを悔いたりしない。今の条件でどうすれば登れるか考えるだけだ」という。いつも前向きな人である。

そういう山野井氏は、ギャチュンカン北壁の登攀を含め、近年の目覚しいアルパインスタイルでの登山が評価され、2002年度の朝日スポーツ大賞、2003年の植村直己冒険大賞を受賞している。
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