くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「彼女の家計簿」原田ひ香

2014-03-16 16:37:49 | 文芸・エンターテイメント
 読み終わってたちのぼるのは、母朋子の圧倒的な孤独でした。生後まもなく自分を置いて、男と心中した母親。働かない父。気難しい祖母。「みっともない」を何よりも嫌うのは、この癇性な祖母からの生育の影響ではないかと思うのです。そして、娘の里々に温かく接することができないのも。夫と別れてしまったことも。
 
 加津、朋子、里々、啓。母系の四人を描きます。原田ひ香「彼女の家計簿」(光文社)。ある日、突然送りつけられた古い家計簿。母から転送されてきたようですが、里々は困惑します。だいたいあの母にしてはやることが感情的です。
 そこに描かれていたのは、祖母加津の穏やかな生活。夫を戦争にとられ、義理の母親との暮らしの中、代用教員として小学校で働くことになります。子どもたちは疎開先から苦しみと寂しさを手紙で訴えてくる。胸が潰れる思いで働き続ける加津でした。
 
 平行して、水商売の女性専用ハローワーク「夕顔ネット」の代表三浦晴美の生活が描かれます。前代表が引き継いだ土地は、そこで定食屋をしていた五十鈴加津から譲られたものでした。彼女は親身になって女性たちの面倒を見たり仕事を教えたりします。晴美は面識はないのですが、前代表や同僚からいろいろと話は聞いていました。
 もともとは加津の住居だった事務所を建て替えることになり、荷物を整理する中でその家計簿を見つけたのでした。
 
 次第に親しくなる晴美と里々。日記に描かれている木藤先生を探すことになります。
 自分のイメージしていた祖母と、日記を書いた加津とのギャップ。
 
 わたしにとって印象的だったのは、もとAV女優のみずきにパソコンを教えてることになった里々が、
「でも、考えてみたらなにも違わないの。ただ、彼女には、なにかがたりないような気がしました」と語るところ。
「なんだろう、ほんの小さなものだけど、別の女性と彼女を大きく隔てているもので、そして、それは……さっきは違うところだなんて言ったけど、たぶん、あたしにもたりないものなんじゃないかしら」
 みずきは、専門学校の学費を稼ぐためのアルバイトとしてAVを始め、もともとの契約内容が完了したために引退したのですが、海外にもファンがいたり、通うようになったパソコン教室の先生にまでストーカーじみたことをされてしまいます。
 考えてみれば、里々たちは幸せな結婚生活からは隔たったところにいます。朋子は離婚、里々はシングルマザーの選択をしています。晴美は、若い頃の恋愛がもたらした悲劇を今でも引きずっている。
 
 読み終わって、結構ジェンダー的な要素も感じました。わたしたちも里々も、加津が求めていた価値観をもつ時代を生きていると思います。
 家計簿を拠り所にしていた彼女。そこに込められた思いも、胸を打ちます。