Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

続・惜春~植木 等さんを偲ぶ

2007-03-28 00:38:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!今春は私にとり、どうもお別れの場面が多い様に思います。

先日の作家 城山三郎さんに続き、こちらも当地愛知の誇る知性であった喜劇俳優 植木 等さんが昨日午前、やはり病を得て逝去されました。

1926=大正15年12月、城山さんより若干早い当地名古屋のお生まれ。享年は80。早くに宗教家であった父君のお仕事の関係で三重県へ移住、大學卒業後に芸能界に入り、既に故人の同じく喜劇俳優 フランキー堺さんとの交流を経て、余りに有名な喜劇集団「クレージー・キャッツ」の中心メンバーとなり、一躍TVの花形キャラクターへと飛躍します。
先にご逝去の青島幸男さんが作詞なされた「スーダラ節」を初めとする面白ソングの数々は私も幼少の頃より大いに親しみましたし、しばしば口ずさんでは両親の顰蹙を買ったものでありました。苦笑

喜劇のみならず実力派の俳優としてもご活動になり、1990年代の平成期に入ってからは、長らくの芸能活動を讃えられ、生存者叙勲もお受けになっています。これも誠に我が事の様に喜ばしいものでありました。
思えば本当に同氏の硬軟に亘るご活動に希望と勇気を与えられ、元気づけられて参った記憶がありますね。

その植木さんの一番強い記憶は大阪万国博覧会の折、ガス館にての「笑い」をテーマにした展示にての同氏の笑顔でありました。本当に、笑顔の美しい方でした。
男性で良い笑顔の方は少ないと言われます。同氏以外でこの笑顔の魅力的な方と申せばジャズ音楽家 渡辺貞夫さん、そしてプロ野球の大御所 長嶋茂雄さん、そして王 貞治さん位でしょうか。

先日の城山さんに続く当地から出た知性の訃報。喪失感は誠に大きなものがあるのは事実です。その一方で、どんなに愛し、慈しんでいても物語にはいずれ終幕が用意されている現実も受け容れなければならないと言う事でしょう。
今は植木さんに対しても謹んで哀悼の意を表すと共に、これまで楽しませて下さったご恩に対し、心より一礼を申したく思います。
最後に、植木さんが生前お詠みになった詩をご紹介してその感謝の意に代えたく思います。合掌・・・。

「星に願いを」

夜空の星に 願いをこめて
大きな夢を 描いてごらん。

悲しい時でも 楽しい夢を
明日につないで 育ててゆけば 
願いは かなうだろう。*(コメント)*
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする