生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

つばさをなくした天使(その1)

2008-08-01 17:31:11 | 童話

久々に童話を連載します。原稿用紙40枚の作品なので連載10回ぐらいになりそうです。途中で日記も挟みます。
この作品は10年くらい前に書きました。CSのクリスマス会で劇として演じたものを見て感激したことがなつかしい思い出です。

        
つばさをなくした天使


1いたずら天使エル
 
むかし、イスラエルにベテスダという名前の池がありました。
池の水は、ときおりだれかがかきまぜたようにうずを巻いて動きます。そのとき、いちばん最初に池の中に入った人は、どんなに重い病気の人でも治ってしまいます。

 四角い池のまわりに足の踏み場もないほど病人たちが横たわっていました。遠く外国からも大勢の病人が次々とやってきました。病人たちは池の面をじっとながめていました。

 病気が治るのは、水が動いたとき、はじめに入った人ひとりだけです。病人たちは次に水が動いたときは、自分がいちばんに入ろうといっときも池から目をはなしません。
 
 池の水は、3日も続けて動いたり、一か月も動かなかったりと気まぐれでした。
人の目には見えませんが、六人の天使たちが銀のスティックを持ってかきまぜていたのです。

 神さまからの合図があると、リーダーのカミルが仲間の天使を呼び集め、池におりてってかきまぜます。

 池をかきまぜる天使の中にエルといういたずらな天使がいました。
エルは早く池をかきまぜたくてうずうずしていました。この前かきまぜた時、池のまわりにいた人たちがすごい顔つきで、いっせいに池の中に入っていったようすを思い出してひとりごとをいいました。

「人間っておもしろいなあ……。後から入った人は、治った人を見てくやしそうにしていたっけなあ……」
エルは、くすくす笑いました。

「あれから10日もたつのに、まだカミルはかきまぜにいこうっていわない。つまんないなあ……。よーし、ちょっと人間をからかってやろう。」
エルは、カミルたちにないしょでスティックを持ってこっそり池へ降りていきました。

エルは銀色に光るスティックで、水面をサアーッとなでました。
「うわーっ、水が動くぞ!」
人々は、われ先にと水の中に入っていきました。
「やった! おれがいちばんだぞ。」
手の不自由な男が叫びました。
「ややっ、おかしいぞ! 水が動かない。」
男はがっかりして、よろよろと池から上がりました。手は治っていません。
エルは、うれしそうに池の上を飛び回りました。
「やーい、だまされた。今日は動きませんよーだ」
エルは舌をぺろっと出して言うと、天にもどっていきました。


2なくなったスティック
 
 それから3日ほどして、カミルが仲間を呼び集めました。いよいよ本当に池をかきまぜる日がきたのです。
天使たちはスティックを持って池の上におりました。かきまぜる前に輪になってぐるぐる回りながら踊ります。それから静かに水面に立ち、かきまぜるのです。

 エルはうれしくて、スティックを思い切りふり回してかきまぜました。
「エル、あんまりふり回すとシャミルのように落としてしまうよ。」
 と、カミルが言いました。
2年ほど前、シャミルという天使がうっかり池にスティックを落として、取りに行ったまま帰って来ないのでした。

「平気さ。ぼくは落としたりしないさ」
エルは、片手でスティックを大きくふりました。その拍子にスティックがエルの手からするりとぬけて、どこかへ飛んでいってしまいました。


つづく

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