『東海道四谷怪談』 中川信夫監督 ☆☆☆☆
DVDで鑑賞。知ってる人は知っている、怪談映画の傑作である。1959年の作品。
私は高橋克彦の『幻想映画館完全版』という本を持っていて、これは高橋克彦が色んな幻想・SF・ファンタジー系映画のレビューをしている本だが、この中で『東海道四谷怪談』を絶賛している。と言ってもこの映画そのものは取り上げられていないので、同じ監督の『地獄』のレビューで触れられている。引用してみよう。「(ある雑誌の怪談映画の特集で)当然のごとく日本映画では中川信夫が監督した『東海道四谷怪談』が一位に輝いていた。今から二十五年も前の話だけれど、現在行ったところで、この結果は動かないはずだ。二十年ほど前から日本で怪談映画がほとんど作られなくなったという現実もあるが、たとえ製作したとしても『東海道四谷怪談』の持つ、めくるめくような象徴性と幻想を凌駕することはできないだろう。完璧な映像世界でありながら、怖い。何十回も観ているのに、やはり深夜に一人観るのは躊躇われる。次にどういう場面が展開されると分かっていても目を伏せたくなる。それでいて、圧倒的な美しさを感じてしまうのだから、もう、なんと説明したらいいのか分からないのですよ。紛れもなく日本映画史に燦然と輝く金字塔である」
これを読むと観たくなるのが人情だ。DVDを購入して観てみると、まあそこまでの感動はなかったものの、独特の美学を持った傑作だということは分かった。一種様式美の世界で、リアリズムではなく抽象化されたドラマである。冒頭のタイトルバックでも舞台の黒子が映し出され、歌舞伎のような音楽や拍子木の音とともにこれが様式美の世界であることが明示されている。そして最初のシーンは伊右衛門がお岩の父を斬り殺すシーンだが、この場面すべてがカメラを自在に移動させながら長回しのワンカットで撮られている。引いた絵が多いこと、横に長い道が舞台を思わせることなどから、非常に芝居っぽい。
演劇的な役者の芝居に加え、映像も独特だ。アクションも多いがどこか静謐感が漂い、抑制が効いていて、硬質な美しさがある。蚊帳、風鈴、夕日がさしこむ部屋、夜空の花火など、印象的な映像が多い。わざと格子越しに撮ったり、シンメトリックな構図にしたり、とてもスタイリッシュな絵を作る監督さんだ。音の使い方もスタイリッシュで、伊右衛門がお岩の制止を振り切って家を出て行くシーンでは赤ん坊の泣き声やアマガエルの声を突然大音量で鳴らし、陰鬱なムードを演出したりする。こういうところが映画全体の象徴性を高めている。
伊右衛門役の天地茂が非常に良い。二枚目でニヒルな感じだが、小悪党の直助にそそのかされて躊躇しつつどんどん悪事に手を染めていく。罪悪感がきちんと描かれている。そしてお岩に毒を飲ませるのだが、お岩がとてもよく出来た妻であるが故にこのシーンは見ていて辛い。お岩は伊右衛門に感謝し、その優しさに嬉し泣きしながら薬を飲むのである。あーなんてかわいそうなんだ。そしてついに有名なあのシーン。顔が痛くなる。鏡を見て悲鳴を上げる。うわわわ。顔がでろりんと気持ち悪く崩れている。そして串で髪をすくと、ごっそり抜けて地肌から血が出てくる。「うらめしや、伊右衛門どの」これはいかん。こんな殺し方したら化けて出られる。間違いない。
その後、伊右衛門と直助の前にお岩と宅悦(伊右衛門に殺されたあんま。これと浮気したという口実でお岩を殺し、戸板の両面に二人の死骸を釘付けにして川に流す)の亡霊が手を変え品を変え現れるわけだが、そのバリエーションは豊富で、天井からぶら下がったり、川から浮かび上がったり色々だ。しかし化けて出られたらすぐ終わりかと思っていたら、それからもかなり長い。錯乱した伊右衛門が伊藤家のみんなを殺し、そのあと寺にこもり、そこに姉の仇だと言って妹とそのいいなずけがやってきたりする。その間何度もお岩と宅悦の亡霊が出現するが、あれはもうちょっと刈り込んだ方が良くはないだろうか。あんまり何度も出てくるんで最後の方には慣れてくる。
しかし高橋克彦も含めこの映画を「怖い」という人は結構いるようだが、私はそこまで怖くはなかった。観終わった後トイレにいけなくなるなんてことはない。まあ特撮が古いということもある。怖いというより、独特の不安感を漂わせた美を感じる。特に最後、伊右衛門が死んだあと、暗い中に一部分だけ明るく光っている空が映るが、あの空の妙に不吉な、この世のものとは思えない美しさ。そして赤ん坊を抱き、きれいな顔に戻ったお岩が遠ざかっていくラスト。神々しいというか、幻想的というか、かなり異様だ。
ところで中川信夫監督は『地獄』もNYの映画館(日本映画特集)で見たことあるが、あれも超ヘンな映画だった。不安でどこかシュールな、様式美的な映像のてんこ盛りで、後半は登場人物一同、地獄で血の池に沈んだり針の山に登ったりするのである。これも高橋克彦絶賛。興味がある方はどうぞ。
DVDで鑑賞。知ってる人は知っている、怪談映画の傑作である。1959年の作品。
私は高橋克彦の『幻想映画館完全版』という本を持っていて、これは高橋克彦が色んな幻想・SF・ファンタジー系映画のレビューをしている本だが、この中で『東海道四谷怪談』を絶賛している。と言ってもこの映画そのものは取り上げられていないので、同じ監督の『地獄』のレビューで触れられている。引用してみよう。「(ある雑誌の怪談映画の特集で)当然のごとく日本映画では中川信夫が監督した『東海道四谷怪談』が一位に輝いていた。今から二十五年も前の話だけれど、現在行ったところで、この結果は動かないはずだ。二十年ほど前から日本で怪談映画がほとんど作られなくなったという現実もあるが、たとえ製作したとしても『東海道四谷怪談』の持つ、めくるめくような象徴性と幻想を凌駕することはできないだろう。完璧な映像世界でありながら、怖い。何十回も観ているのに、やはり深夜に一人観るのは躊躇われる。次にどういう場面が展開されると分かっていても目を伏せたくなる。それでいて、圧倒的な美しさを感じてしまうのだから、もう、なんと説明したらいいのか分からないのですよ。紛れもなく日本映画史に燦然と輝く金字塔である」
これを読むと観たくなるのが人情だ。DVDを購入して観てみると、まあそこまでの感動はなかったものの、独特の美学を持った傑作だということは分かった。一種様式美の世界で、リアリズムではなく抽象化されたドラマである。冒頭のタイトルバックでも舞台の黒子が映し出され、歌舞伎のような音楽や拍子木の音とともにこれが様式美の世界であることが明示されている。そして最初のシーンは伊右衛門がお岩の父を斬り殺すシーンだが、この場面すべてがカメラを自在に移動させながら長回しのワンカットで撮られている。引いた絵が多いこと、横に長い道が舞台を思わせることなどから、非常に芝居っぽい。
演劇的な役者の芝居に加え、映像も独特だ。アクションも多いがどこか静謐感が漂い、抑制が効いていて、硬質な美しさがある。蚊帳、風鈴、夕日がさしこむ部屋、夜空の花火など、印象的な映像が多い。わざと格子越しに撮ったり、シンメトリックな構図にしたり、とてもスタイリッシュな絵を作る監督さんだ。音の使い方もスタイリッシュで、伊右衛門がお岩の制止を振り切って家を出て行くシーンでは赤ん坊の泣き声やアマガエルの声を突然大音量で鳴らし、陰鬱なムードを演出したりする。こういうところが映画全体の象徴性を高めている。
伊右衛門役の天地茂が非常に良い。二枚目でニヒルな感じだが、小悪党の直助にそそのかされて躊躇しつつどんどん悪事に手を染めていく。罪悪感がきちんと描かれている。そしてお岩に毒を飲ませるのだが、お岩がとてもよく出来た妻であるが故にこのシーンは見ていて辛い。お岩は伊右衛門に感謝し、その優しさに嬉し泣きしながら薬を飲むのである。あーなんてかわいそうなんだ。そしてついに有名なあのシーン。顔が痛くなる。鏡を見て悲鳴を上げる。うわわわ。顔がでろりんと気持ち悪く崩れている。そして串で髪をすくと、ごっそり抜けて地肌から血が出てくる。「うらめしや、伊右衛門どの」これはいかん。こんな殺し方したら化けて出られる。間違いない。
その後、伊右衛門と直助の前にお岩と宅悦(伊右衛門に殺されたあんま。これと浮気したという口実でお岩を殺し、戸板の両面に二人の死骸を釘付けにして川に流す)の亡霊が手を変え品を変え現れるわけだが、そのバリエーションは豊富で、天井からぶら下がったり、川から浮かび上がったり色々だ。しかし化けて出られたらすぐ終わりかと思っていたら、それからもかなり長い。錯乱した伊右衛門が伊藤家のみんなを殺し、そのあと寺にこもり、そこに姉の仇だと言って妹とそのいいなずけがやってきたりする。その間何度もお岩と宅悦の亡霊が出現するが、あれはもうちょっと刈り込んだ方が良くはないだろうか。あんまり何度も出てくるんで最後の方には慣れてくる。
しかし高橋克彦も含めこの映画を「怖い」という人は結構いるようだが、私はそこまで怖くはなかった。観終わった後トイレにいけなくなるなんてことはない。まあ特撮が古いということもある。怖いというより、独特の不安感を漂わせた美を感じる。特に最後、伊右衛門が死んだあと、暗い中に一部分だけ明るく光っている空が映るが、あの空の妙に不吉な、この世のものとは思えない美しさ。そして赤ん坊を抱き、きれいな顔に戻ったお岩が遠ざかっていくラスト。神々しいというか、幻想的というか、かなり異様だ。
ところで中川信夫監督は『地獄』もNYの映画館(日本映画特集)で見たことあるが、あれも超ヘンな映画だった。不安でどこかシュールな、様式美的な映像のてんこ盛りで、後半は登場人物一同、地獄で血の池に沈んだり針の山に登ったりするのである。これも高橋克彦絶賛。興味がある方はどうぞ。
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