アブソリュート・エゴ・レビュー

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蒼い序曲

2012-03-21 21:33:17 | 音楽
『蒼い序曲』 スーパートランプ   ☆☆☆☆

 スーパートランプの5枚目である。あの大ヒット作『Breakfast In America』の前作であり、プログレッシヴ・ロックの傑作『Crime Of The Century』の次の次ということになる。

 とはいえ、雰囲気は他のどのアルバムとも違う。このムードを一言で言い表わすならば、寂寥感、だろうか。少なくとも私にとって、このアルバムの佇まいはいつも寂しげである。確かに、一曲目の『Give A Little Bit』はポップだ。それまでの暗いプログレのイメージを一新し、垢抜けたポップ・バンドとして生まれ変わったことを高らかに宣言するが如き曲で、そういう意味では次の『Breakfast In America』を予告する曲だと言ってもいい。が、『Breakfast』でこのバンドのファンになった人がこのアルバムを聴くと、その印象の違いに驚くのではないだろうか。『Breakfast』のきらびやかなアレンジとメロディの華やかさに比べ、本作はいかにも地味である。禁欲的と言ってもいい。が、決して駄作ではない。むしろそれぞれの楽曲は充実している。渋好みである。

 プログレだった前2作からポップ・マニエストロに激変する次作への過渡期に当たるということもあるが、まず、アレンジが前2作よりぐっとシンプルになり、曲もコンパクトになった。つまり、常に複合的なイメージが盛られていたこれまでの曲に比べ、シンプルで統一されたイメージの曲が揃うことになった。これはスーパートランプを『Crime』でブレークさせたプロデューサー、ケン・スコットが去り、セルフ・プロデュースになったことが大きいと思われる。サウンド面の変化としてはシンセサイザーがまったくといっていいほど目立たず、アコースティック・ギター、ピアノ、ストリングス主体のアレンジになっている。『Breakfast』であれほど大活躍するエレピが主体となる曲は、なんと1曲もない。

 それからもちろん、マイナー・キーの曲が多いのも寂寥感の原因だ。ロジャー・ホジスンの曲は冒頭の『Give A Little Bit』を除き、すべてマイナー・キーである。特にタイトル・トラックである『Even in the Quietest Moments』は、アコースティック・ギターをバックにロジャーが物悲しげなヴォーカルを聴かせる、非常に内省的というか瞑想的な曲で、このアルバムの寂寥感を体現する曲と言っても過言ではない。おまけにいつものハイトーンじゃなく低い声で歌っているもんだから、ますます陰気である。ロジャーがこんな低いキーで歌っている曲はこれだけじゃないだろうか。

 とはいえ、何度も言うが曲は充実していて、聴きどころは多い。もちろん、ロジャー・ホジスンのポップ・センスの結晶ともいうべき爽快感溢れるスマッシュ・ヒット、『Give A Little Bit』が筆頭。アコースティック・ギターのシンプルなアレンジで、間奏のサックス・ソロが清冽だ。それからリック・デイヴィスは『Downstream』でピアノをバックにバラードを聴かせるが、これが良い。リックらしく決して派手でもキャッチーでもないが、しみじみと味わい深い。同じくリックの『From Now On』も聴かせる。穏やかなメロディと変化に富んだ曲調で、前2作の雰囲気を残した曲だ。後半徐々に盛り上がっていくところが感動的で、ピアノ、サックスの響きがナチュラルで心地よい。

 一方ロジャー・ホジスンは暗く瞑想的な『Even in the Quietest Moments』、アップテンポだがやはりマイナー・キーでハイトーンを聴かせる『Babaji』を経て、ラストの『Fool's Overture』でクライマックスを迎える。10分を越えるこの曲は前作までのプログレ路線の延長線上で、哀愁に満ちた美しいメロディが次々と現れては消えていく。歌詞も『Even in the Quietest Moments』や『Babaji』と同じく救世主、そして敬虔な祈りを思わせる内容で、更に鐘の音のSEやストリングスが入り、荘厳なムードを醸し出している。インスト部分も長いが、ロジャーがピアノだけをバックに歌う最初のヴォーカル・パートは、彼の繊細なハイトーン・ヴォイスの真骨頂ともいうべき歌唱で、最初聴いた時はよくこんなに高い声が出るなと驚いたものだ。

 ちなみにこの曲はライブ・アルバム『Paris』でも終盤のクライマックスとなっているが、そこでもロジャーはこの通りのハイトーンで歌っている。ライブで常時ここまで高い声を出せる男性ヴォーカリストは稀だろう。

 この『Fool's Overture』は最後、オーケストラが演奏前の音出しをしているようなSEで終わるが、ここでこのアルバムの寂寥感はピークに達する。まるで『2001年宇宙の旅』のラスト部分にも通じるような、底なしの寂寥感だ。そういう意味では、アルバム全体の印象は前2作よりコンパクト、シンプルだが、やはりプログレっぽさは依然健在と言える。

 『Breakfast In America』のアメリカナイズされた華やかさには欠けるが、スーパートランプのブリティッシュっぽい渋さをじっくり味わうには最適の一枚だ。

 


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