『白い巨塔』 山本薩夫監督 ☆☆☆☆★
1966年の映画版の再見。本当は田宮二郎のテレビ版をもう一度観たかったのだが、あまりに時間がかかるので断念し、映画にしたのである。テレビ版はこの映画のあとなので、これが『白い巨塔』初の映像化ということになる。テレビと違ってモノクロだ。
ストーリーについては前に原作のレビューを書いたのでそっちを見ていただくとして、この映画もやはり傑作で、緊迫感のある画面、濃密な物語、存在感のある役者たちと見ごたえ充分だ。テレビ版と違うのはやはりストーリーが凝縮されていることで生じるスピード感と、全篇に漂う異様に緊迫したムード。原作を読んだことのない人でも一見の価値はある。
が、しかし、小説やテレビ版から入ってこの映画を観た人間の立場で言わせてもらうと、あそこで終わるのはどうしても気持ちが悪い。映画は原作の第二部、つまり財前が誤診裁判に勝ち、里見が大学を去るところで終わっているのである。非常にもやもやする。最初はここで話を終わらせていた山崎豊子は読者の反響に動かされて『続・白い巨塔』つまり控訴審篇を書いたそうだが、当時の読者の気持ちが良く分かる。これでは救われないというものだ。ああこの世は闇か、となってしまう。
それからやむをえないこととはいえ、原作の色んなエピソードが省略されているのがどうしても惜しい、と感じてしまう。個人的に残念なのはやはり、佐々木傭平の癌発見から死までの経緯だ。財前が癌を発見し、鵜飼医学部長の誤診を暴いた結果になって動揺する下りや、財前の洋行のエピソードがなくなっている。なんと言っても洋行している間に佐々木傭平が死に、帰国した途端に得意の絶頂から奈落の底に叩き落される、という見事な展開がはしょられているのが痛い。脚本の橋本忍もここは辛かっただろう。
裁判シーンももちろんばっさり省略されていて、メインに据えられているのは大河内教授の証言、里見と柳原の対質訊問、そして最後の船尾教授の証言である。他はナレーションで駆け足に説明されるだけだ。省略は残念だが、取り上げられている部分はツボを押さえていて正解だと思う。最後の船尾証言は映画オリジナルの改変で、原作では別の教授の役どころだ。前半の教授選で財前と対立し敗れた船尾が、最後の最後にキーパーソンとして出てくるのは都合が良過ぎるような気もするが、「時に内輪もめをしてもこういう時には協力一致しないと」という最後の船尾のセリフが、この映画のテーマをますます強烈にあぶりだす仕掛けになっている。
ところで、映画と旧テレビ版は主演の田宮二郎をはじめかぶっているキャストも多いがそうでない役もあり、やはり役者が変わると雰囲気も変わって、比べると面白い。里見役の田村高廣はどうも生彩を欠いている。テレビ版の山本学の方がいい味を出していた。愛人役の小川真由美はテレビ版の太地喜和子と違い、クールでしたたかな悪女になっている。太地喜和子はしたたかながら根は善良で、陽性の女のイメージだった。どっちもそれぞれいい。東教授は名優・東野英治郎だが、この人は人間的な迫力があり過ぎて、学級肌で政治に弱い東教授にはちょっとミスマッチかなとも思う。もちろん重厚かつ緻密な演技を披露してくれるのだが、私としてはテレビ版の中村伸郎の情けなさと愛嬌の方に惹かれる。
逆に映画、テレビとも同じなのは財前の田宮二郎、鵜飼医学長の小沢栄太郎などこれ以外考えられないメンツばかりだが、なんといっても最高なのは大河内教授の加藤嘉である。腹に一物あるような曲者ばかりの登場人物の中にあってどこまでも清廉潔白、その立ち位置は微動だにせず、文句なく痛快さナンバーワンのキャラである。彼が札束を蹴散らし「大学教授をなんと心得るかあっ!」と怒号するシーンはもう痛快そのもので、思わずスタンディング・オベーションを送りたくなる。大河内教授を買収に来た海坊主こと財前又一と岩田が庭に転がり落ちるようにして平伏するのである。それにしてもこの政治的駆け引きだらけ魑魅魍魎だらけの大学で、よくあそこまで清廉潔白な大河内教授が「法王」と呼ばれるほどの権力者になったなと思う。同じく清廉潔白を通し、その結果悄然として大学を去る里見を見ているので余計そう思うのだが、そういうところも含めてなんとも痛快なじいさんである。
最後になったがもちろん田宮二郎も素晴らしい。テレビ版よりもっとギラギラしていて、特にあの名誉欲にとりつかれたような眼光が凄い。念願かなって教授を拝命する時の顔も強烈だし、最後、里見が山陰大学に行くと聞いて「山陰大学?」と言う時に一瞬だけ顔に浮かぶあの嘲笑を含んだ表情など、たまらなくうまい。誰かにあんな顔で見られたら刺し殺したくなる。そういう憎たらしい財前が勝利して終わり、という結末は実に後味が悪いが、財前の死で終わる原作やテレビより更に辛辣で、ダークなピカレスク・ロマンになっているとも言える。ピカレスク好きのあなたにオススメである。
1966年の映画版の再見。本当は田宮二郎のテレビ版をもう一度観たかったのだが、あまりに時間がかかるので断念し、映画にしたのである。テレビ版はこの映画のあとなので、これが『白い巨塔』初の映像化ということになる。テレビと違ってモノクロだ。
ストーリーについては前に原作のレビューを書いたのでそっちを見ていただくとして、この映画もやはり傑作で、緊迫感のある画面、濃密な物語、存在感のある役者たちと見ごたえ充分だ。テレビ版と違うのはやはりストーリーが凝縮されていることで生じるスピード感と、全篇に漂う異様に緊迫したムード。原作を読んだことのない人でも一見の価値はある。
が、しかし、小説やテレビ版から入ってこの映画を観た人間の立場で言わせてもらうと、あそこで終わるのはどうしても気持ちが悪い。映画は原作の第二部、つまり財前が誤診裁判に勝ち、里見が大学を去るところで終わっているのである。非常にもやもやする。最初はここで話を終わらせていた山崎豊子は読者の反響に動かされて『続・白い巨塔』つまり控訴審篇を書いたそうだが、当時の読者の気持ちが良く分かる。これでは救われないというものだ。ああこの世は闇か、となってしまう。
それからやむをえないこととはいえ、原作の色んなエピソードが省略されているのがどうしても惜しい、と感じてしまう。個人的に残念なのはやはり、佐々木傭平の癌発見から死までの経緯だ。財前が癌を発見し、鵜飼医学部長の誤診を暴いた結果になって動揺する下りや、財前の洋行のエピソードがなくなっている。なんと言っても洋行している間に佐々木傭平が死に、帰国した途端に得意の絶頂から奈落の底に叩き落される、という見事な展開がはしょられているのが痛い。脚本の橋本忍もここは辛かっただろう。
裁判シーンももちろんばっさり省略されていて、メインに据えられているのは大河内教授の証言、里見と柳原の対質訊問、そして最後の船尾教授の証言である。他はナレーションで駆け足に説明されるだけだ。省略は残念だが、取り上げられている部分はツボを押さえていて正解だと思う。最後の船尾証言は映画オリジナルの改変で、原作では別の教授の役どころだ。前半の教授選で財前と対立し敗れた船尾が、最後の最後にキーパーソンとして出てくるのは都合が良過ぎるような気もするが、「時に内輪もめをしてもこういう時には協力一致しないと」という最後の船尾のセリフが、この映画のテーマをますます強烈にあぶりだす仕掛けになっている。
ところで、映画と旧テレビ版は主演の田宮二郎をはじめかぶっているキャストも多いがそうでない役もあり、やはり役者が変わると雰囲気も変わって、比べると面白い。里見役の田村高廣はどうも生彩を欠いている。テレビ版の山本学の方がいい味を出していた。愛人役の小川真由美はテレビ版の太地喜和子と違い、クールでしたたかな悪女になっている。太地喜和子はしたたかながら根は善良で、陽性の女のイメージだった。どっちもそれぞれいい。東教授は名優・東野英治郎だが、この人は人間的な迫力があり過ぎて、学級肌で政治に弱い東教授にはちょっとミスマッチかなとも思う。もちろん重厚かつ緻密な演技を披露してくれるのだが、私としてはテレビ版の中村伸郎の情けなさと愛嬌の方に惹かれる。
逆に映画、テレビとも同じなのは財前の田宮二郎、鵜飼医学長の小沢栄太郎などこれ以外考えられないメンツばかりだが、なんといっても最高なのは大河内教授の加藤嘉である。腹に一物あるような曲者ばかりの登場人物の中にあってどこまでも清廉潔白、その立ち位置は微動だにせず、文句なく痛快さナンバーワンのキャラである。彼が札束を蹴散らし「大学教授をなんと心得るかあっ!」と怒号するシーンはもう痛快そのもので、思わずスタンディング・オベーションを送りたくなる。大河内教授を買収に来た海坊主こと財前又一と岩田が庭に転がり落ちるようにして平伏するのである。それにしてもこの政治的駆け引きだらけ魑魅魍魎だらけの大学で、よくあそこまで清廉潔白な大河内教授が「法王」と呼ばれるほどの権力者になったなと思う。同じく清廉潔白を通し、その結果悄然として大学を去る里見を見ているので余計そう思うのだが、そういうところも含めてなんとも痛快なじいさんである。
最後になったがもちろん田宮二郎も素晴らしい。テレビ版よりもっとギラギラしていて、特にあの名誉欲にとりつかれたような眼光が凄い。念願かなって教授を拝命する時の顔も強烈だし、最後、里見が山陰大学に行くと聞いて「山陰大学?」と言う時に一瞬だけ顔に浮かぶあの嘲笑を含んだ表情など、たまらなくうまい。誰かにあんな顔で見られたら刺し殺したくなる。そういう憎たらしい財前が勝利して終わり、という結末は実に後味が悪いが、財前の死で終わる原作やテレビより更に辛辣で、ダークなピカレスク・ロマンになっているとも言える。ピカレスク好きのあなたにオススメである。
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