アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

無痛

2006-06-07 21:57:46 | 
『無痛』 久坂部羊   ☆☆★

 前読んだ『破裂』がまあまあ面白かったので、休日の読書用にと思って買って来た。わりと分厚いが、中身は純然たる娯楽小説なのですいすい読める。

 最初に一家惨殺が起きる。そして犯人が精神異常もしくは心神喪失であり、刑法39条に該当する可能性が仄めかされる。ここまで非常にスピーディーで、刑法39条の問題というテーマもスリリングで期待が高まる。しかし、ここでいきなり話は事件から逸れ、人を見ただけで病気が分かる医師為頼と、精神障害児童の施設で働く奈見子の話になる。奈見子の施設にいる女の子サトミが、自分があの事件の犯人だと告白するということから物語が展開していくので、事件が忘れ去られるわけではないが、物語の焦点は事件そのものにはない。おまけに奈見子の別れた夫=ストーカーが奈見子につきまとったり、もう一人見るだけで病気が分かる医師が出てきたりして、ごちゃごちゃしてくる。事件は単なるプロットの一つで、要は奈見子と為頼を中心とする様々な人々の話だということが分かってくる。そしてその様々な人々は、大抵精神的にかなり病んでいる。

 冒頭の殺人事件と39条の呈示が非常にワクワク感があったので、そこにフォーカスしていかないその後の展開にだんだんボルテージが下がってくる。ストーカーの登場や、サトミの告白、事件を捜査する刑事との絡みなどエピソードは豊富なので、つまらないわけではないが、のめりこむほどの吸引力はなかった。それに物語があんまり盛り上がっていかない。色んな登場人物がそれぞれの問題を抱えて右往左往しているうちに残りのページ数が少なくなり、これどうやって終わるんだろうと心配になってくる。最後はまあサイコな犯人と主人公が対決して終わりというありがちなパターンでケリでつくが、なんかすっきりしない。あっと驚くような犯人というわけでもなく、犯罪の裏に隠された切ないドラマが明らかになるというような感動もない。なんかこう、異常な人物が出てきてハラハラさせることで最後までもたせたような印象だった。犯罪の描写もなかなかグロい。

 タイトルは「無痛」で、確かに無痛症の人物は出てくるがあまり「無痛」はテーマになっていない。しかし、主人公為頼の能力である「見ただけで病気が分かる」という能力だが、ちょっとどうかと思う。その延長線上で「見ただけで犯罪を犯す人間かどうか分かる」になると、もうあまりにうさんくさいというか、都合が良すぎる。人間が生まれつき潜在的な犯罪者と非犯罪者に分かれているという思想も個人的にはまったく受け入れられない。ロンブローゾの生来性犯罪人説を比較的肯定的に引用してあるのも抵抗がある。

 まああまり真剣に読む必要はないのだが、娯楽小説としても並みレベルだと思う。よっぽど暇じゃないと再読はしないだろう。


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