アブソリュート・エゴ・レビュー

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Unsane

2018-11-21 22:31:55 | 映画
『Unsane』 スティーヴン・ソダーバーグ監督   ☆☆☆

 いつの間にか公開されていたソダーバーグ監督の新作を、iTunesのレンタルで鑑賞。この映画は全編iPhoneで撮ったことが話題であることを後で知ったが、映像には全然違和感なし。普通にきれいだ。ソダーバーグ監督作品独特の低温なクールネスの感触もちゃんとあった。つまり、今や映画を撮るのに高価な機材は必要なく、だれでもアイデアとセンスさえあれば撮れるということか。

 ストーリーはサスペンスものである。サイコ・スリラーと言ってもいい。主演はクレア・フォイという小柄な女優さんで、私は初めて見たが、なんだか一癖ある微妙な顔立ちである。ソーヤー・ヴァレンティーニという変わった名前のヒロインで、彼女はかつてストーカーにつきまとわれた過去があり、そのトラウマから逃れるためボストンの母親の家を出てハイランド・クリークに引っ越し、銀行に勤めながら一人暮らしをしている。なんとかメンタルも落ち着いてきたがまだ調子が悪く、この町の病院にカウンセリングを受けにいく。帰り際に別室に呼ばれ、ついていくとわけも分からず持ち物を没収され、着替えるように命令され、病棟に連れて行かれる。何かの間違いだと言っても看護婦は聞き入れず、ソーヤーは精神病患者とともに監禁病棟に入れられる。

 あまりに理不尽ななりゆきに憤って看護師を殴ると、他人や自分を傷つける恐れがある、といって医者に一週間の監禁療養を命じられる。ソーヤーは母親に電話で助けを求め、母親はボストンから駆けつけ弁護士や警察に相談するがうまくいかない。そんなある日、ソーヤーは病院のスタッフにかつて自分を追い回したストーカーが混じっていることを発見する。パニックを起こして暴れたために更に重い病状と診断され、ベッドに縛りつけられる。果たして、彼女は精神異常なのか? それとも本当にストーカーがボストンから追ってきたのか?

 とてもカフカ的な物語である。最初に話したカウンセラーもいい人だし、病院も近代的などこにでもあるような建物だ。ソダーバーグ監督の堅固なリアリズムで日常的光景が描かれる中、「ちょっとこちらへどうぞ」なんて看護婦から言われてついていくと、そのまま容赦なく監禁されてしまう。「こんなことが起きるわけがない!」とソーヤーは叫ぶが、看護婦の態度は徹底して事務的で、「単なる手続きですから」とまったく耳を貸さない。現場の人々のこういう無関心かつビジネスライクな態度も、アメリカにおいてはとてもリアルだ。だから本当に起きているような臨場感がある。観客は徹底したリアリズムで描かれる恐るべき不条理に、めまいがしそうになるだろう。

 警察に電話しても、一応やってくるが病院の受付で書類をチェックするだけで帰っていく。このいい加減さもアメリカにおいてはリアルである。あれよあれよと自由を奪われてしまう急転直下の展開はまったく悪夢的で、描写こそリアルだけれども、ストーリーはきわめて現実離れしたダーク・ファンタジーの趣きがある。またソーヤーが病院に監禁されるシークエンスは、クリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』を思い出させる。その後のソーヤーの扱われ方もまあまあ似ていて、そういう意味では既視感があり、損をしている。ただ『チェンジリング』は一昔前のアメリカが舞台だったが、こちらは現代の病院というところが違う。

 ところが、その不条理のさなかに突然過去のストーカーが登場し、ソーヤーが錯乱するに及んで、観客は混乱する。これまでソーヤーは暴力的な不条理の被害者だと思っていたが、実は精神病者なのだろうか。彼女は「信頼できない語り手」なのか? 病院はただ、当然の措置をとっているだけなのだろうか?
 
 ここから、何が本当か妄想かよく分からない迷宮じみたデヴィッド・リンチ的世界に突入するのかと思いきや、そうでもない。ソーヤーが精神を病んでいるのかも知れないという疑惑はすぐにフェードアウトし、ストーカーが実在していることが分かる。母親がすぐ病院にやってきてソーヤーを救おうとすることからも、ソーヤーだけが狂っているのではないことが分かるし、また映像面でもストーカーの不気味さが強調される。ソーヤー精神病者説は中途半端に終わり、この後は病院ぐるみの陰謀+狂気のストーカー、という二重のスリラーになる。

 が、この二つともかなり現実離れしている上に、こんなありそうもない災厄が二つ同時に降りかかってくることで更に荒唐無稽感が増す。この二つの不条理は互いに無関係なのだが、それで物語の説得力は半減してしまう。そもそも、ストーカーはなぜこの病院にいたのか。彼女がこの病院に来たのは偶然だし、病院が彼女を監禁したのは病院自身の勝手な都合である。辻褄が合わない。

 この後はストーカーの行為がエスカレートしていき、弱い立場ながらソーヤーは知恵をしぼって逆襲するという、スリラー映画の定石的展開となる。エンタメとしてはそれなりにハラハラさせてくれて退屈しないが、ストーリー展開に斬新さはなく、雰囲気も暗くて地味だ。クライマックスのソーヤーとストーカーの追っかけっこも、やっぱりお約束の域を出ていない。

 まとめると、エンタメとしては水準をクリアしているが、話の展開がストレート過ぎ、しかも荒唐無稽感が強いために物語に広がりや膨らみがない。途中でソーヤーの幻覚なのだろうかと思わせる部分は中途半端で、かえって焦点がぼけた印象を与える。色んなことのバランスが悪い。『エリン・ブロコビッチ』『トラフィック』を撮ったソダーバーグ監督がこんなフィルムも作るんだなと、軽く驚いた。映像や演出にはいつものクールネスがあり、その部分はまあ心地よかったものの、結果的には小粒なB級スリラーというのがふさわしい作品だ。



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