アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

愛人刑事

2010-06-15 19:34:19 | 
『愛人刑事』 つかこうへい   ☆☆

 本棚の整理をしていたら出てきたので再読。つかこうへいは本来劇作家・演出家なので一概には言えないが、少なくとも小説家つかこうへいの全盛期は80年代だった。劇団を解散して執筆業に専念していた時期である。そしてその後は急激に失速していく。この『愛人刑事』は89年発表で、ちょうど「今日子」で演劇に復帰した頃だ。やはり小説に興味を失いつつあったのか、あまり出来は良くない。作品の順番としては、『幕末純情伝』のあとである。

 つかこうへいの創作は青春ものだったり壮大な歴史ものだったり、題材という意味ではジャンルの垣根を軽々と飛び越えながら、その中で常に同じ質感を持ったつかこうへい的世界を繰り広げる。つかこうへい的世界とは強烈な人間関係を突き詰めていくことによってもたされる痛み、悲劇的かつ過激なドラマツルギー、そしてナンセンスなドタバタ・コメディの混合である。ドタバタ・コメディはつかこうへい独特の逆説と結びつくことによって時にシュールレアリスティックになる。

 本作のスタイルは珍しくハードボイルドものだ。主人公は村井玲子、美貌の女刑事。銃の扱いから男を狂わす性技まで超一流、戦闘機の操縦も出来るスーパーコップで、炊事と洗濯以外できないことはない。総理大臣とも個人的な知り合いだ。このスーパー女刑事がなぜか午前中は女学校の教師をしていて、そこでは女生徒にからかわれて真っ赤になる清純な教師で通っている。彼女は人買い組織にさらわれた教え子を救うため、香港に飛ぶ。

 というストーリーの裏で、第二次大戦末期に日本とアメリカが交わした密約、つまり終戦と引き換えに原爆を落とすことを日本側から申し出たという「重宗ファイル」をめぐる国際的陰謀が進行する。重宗ファイルを手中にする韓国人・李正元がそれを北朝鮮に売り、南北統一をなし、建国の父として歴史に名を残そうとする壮大な工作である。ここに日本のヤクザ、総理大臣、香港の警察、北朝鮮の刺客軍団、そしてもちろん村井玲子が参入してめまぐるしいドラマを織り成す。

 これだけでも充分盛りだくさんだが、そこにさらに玲子と上司・飛岡為五郎のいやに純情な恋愛模様、そして田舎からパックのツアーで香港にやってきた為五郎の両親が玲子につきまとい、今度の田植えに来いだの、そんな地味な化粧じゃ村を連れて歩けんだの、うちの村じゃ嫁はまず新郎の父に抱かれる習慣があるだのと絡むサブプロットが加わって、渾沌とした、シリアスだかギャグだか分からないいつものつかドラマが展開する。この田舎の両親はつか得意のドタバタ・キャラだが、かつての諸作品(たとえば『弟よ!』あたり)に比べると破壊力はイマイチだ。

 つか作品(演劇でも小説でも)になじみがある人は、全体の整合性などそっちのけで場面場面の盛り上がりとドラマツルギーだけで物語を作り上げるつか方式のシュールさ、暴走ともいえる勢いをご存知だろうが、初めての人は戸惑うに違いない。この小説も玲子がヤクザと寝るポルノ小説かと見まがうほどのエロ描写で幕を開け、その後玲子は冷酷にヤクザを射殺する。とんでもない魔性の女だが、その玲子がなぜか女教師の時や飛岡といる時は純情可憐になってしまう。筋が通らんだろ、と思われるだろうが、これがつかこうへいの世界である。ちなみにこの玲子、捜査のために犯人と寝るどころか、わざと麻薬中毒になったり娼窟で身体を売ったりもするという、とんでもないヒロインである。

 ところで本作はつか小説のファンにとってはもうひとつ重要な意味がある。これは傑作『広島に原爆を落とす日』の続編なのである。本作に登場する悪の黒幕ともいうべき李正元は『広島に原爆を落とす日』の主人公、犬子恨一郎であり、『広島』のラストで死んだはずのヒロイン・髪百合子もちょっとだけ登場する。そして本作のヒロイン・玲子は、あの髪百合子の娘なのである。『広島に原爆を落とす日』は怨念と愛国心、互いにいとおしいと思う男女の愛が歴史をも歪めるつかこうへい渾身の力作だったが、あれに感動した人はその後日談としてこれを読むと、そこそこ面白いかも知れない。犬子恨一郎の本作での老い方は、実に残酷だ。

 先に書いたように、本書はつかこうへいらしい逆説的発想に欠け、B級アクション風のごちゃごちゃしたプロットのため出来がいいとは言えず、熱烈なつかファン以外にはお薦めできない。つか小説に興味を持った方には、痛ましいドラマなら『青春 父さんの恋物語』『弟よ!』『広島に原爆に落とす日』など、爆笑必至のかっとんだコメディなら『長島茂雄殺人事件』『ハゲ・デブ殺人事件』などをお薦めする。
 


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2 コメント

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つかこうへい (ego_dance)
2010-06-18 08:43:39
おや、読まれましたか。あまり記憶に残らないですよね…
『広島に原爆を落とす日』は傑作なんですけどね。
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これは・・・ (ぴよあじ)
2010-06-17 14:07:11
なつかしい!!
ストーリの展開が速くて?
というか僕的に着いていけずwww
あんま記憶に無いけど読みましたねw
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