アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

フォロー・ミー

2011-12-07 22:43:08 | 映画
『フォロー・ミー』 キャロル・リード監督   ☆☆☆★

 日本版DVDを購入して鑑賞。初見。『第三の男』で有名なキャロル・リード監督の遺作なのだけれども、わりとマイナーな映画なのだろう、今回初DVD化でこれまでVHSにもLDになっていなかったという。私も存在を知らなかった。しかしアマゾンのカスタマーレビューを見てみると、熱っぽいレビューがたくさん並んでいる。どうやら、これは観た人に「愛しい」という気持ちを起こさせる、そんなマジックを持った映画らしいのである。『それでもボクはやってない』『Shall We ダンス?』の周防監督も本作の熱烈なファンらしく、『Shall We ダンス?』で柄本明が演じた探偵はこの映画のクリストフォルがモデルで、しかも探偵事務所の壁にはこの映画のポスターが貼ってあった、という話だ。

 もともとは舞台劇らしい。登場人物はほぼ三人だけ、公認会計士のチャールズ(マイケル・ジェイストン)、その妻ベリンダ(ミア・ファロー)、探偵のクリストフォル(トポル)。由緒正しいお家柄のチャールズはピッピー系の自由奔放なベリンダと恋に落ちて結婚するが、やがて彼女がだんだん自分の殻に閉じこもるようになったことに気づく。しかも最近はいつも外出している。浮気に違いない、というわけで、探偵を雇って調べさせる。そして報告に現れた奇妙な探偵クリストフォルは、彼女のロンドン放浪の様子をつぶさに話し、浮気相手は外交官みたいなハンサムな男だと告げる。傷心のチャールズはベリンダを問い詰める。するとベリンダは、自分はただロンドンをあちこち散策していただけだったが、最近、ある変わった男と会った、と告白を始めるのだった…。

 決してリアリズムではなく、都会のメルヘンという趣きである。話のスケールは小さく、こじんまりしている。他愛ないといえば他愛ない話で、マイナーな小品という印象を受けるのはそのせいだろう。しかしこの映画はきわめて直裁に「愛とは何か」「人を愛するとはどういうことか」を問いかけてくる。制作者はこの映画が青臭くなることを全然恐れていない。三人という少ない登場人物たちは誰もが饒舌で、結婚や愛について語り、議論する。典型的なのはチャールズとベリンダの議論(チャールズは結婚とは契約だと言い、ベリンダは契約とは何の関係もないものだと言う)であり、また終盤近くでクリストフォルとベリンダが交わす会話である。

 逆に言えば、こういう部分に青臭さを感じるオーディエンスもいると思う。もともと演劇だったというのがよく分かる映画で、少しセリフに頼り過ぎなんじゃないかと感じるところもある。それに「無言だったから、心が通いあった」「君は生命を与える人だ」のように、演劇ならいいけれども映画だといささか不自然な、大仰なセリフが出てくる。もちろん物語そのものがリアリティを欠いた「都会の御伽噺」系なので、それがこの映画の持ち味という言い方もできる。しかし、波長が合う人はすごく引き込まれるが、そうでない人を強引に引きずり込む力強さには欠けている、とは言えるかも知れない。

 多分、この映画のマイナーな感じはそこから来ている。映画の中心となるベリンダの「無言デート」も、最後の解決方法も、醒めた目で見れば子供の「ごっこ」遊びのようで、現実性を欠いている。

 しかし逆に、それがこの映画の「愛らしさ」であり、「心からいとしい映画」として特別な思い入れを誘う理由の一つでもあるのだと思う。もちろんそれだけではなく、甘美で切ないジョン・バリーの音楽や、美しいロンドンの映像が映画全体に夢見心地でナイーブなタッチを与える。加えて、ミア・ファローをはじめとする役者陣の魅力。トポル演じる探偵クリストフォルはまったくナイスなキャラクターで、白い帽子に白いコートに白いカバンといういでたちもユニーク(それでいて自分のことを目立たない人間などと言っている)なら、マカロンだのヨーグルトだの常に食ってばかりいるのも笑える。ミア・ファローもこういうふわふわした役は独壇場で、がりがりに痩せた子供っぽい体形なのにすごくチャーミングなのは不思議だ。ベリンダがいつもB級ホラー映画ばかり観ているのもおかしい。

 そして映画全体が発するメッセージ。ただ言葉なくお互いを見つめ、お互いが同じものを見つめることで、私たちは愛する心を取り戻せるのですよ、という優しい主張。力強さとキャッチーさには欠けるかも知れないが、ここには切ないセンシビリティがある。この映画がこんなにも多くの人々の愛される理由はそこにあると思われる。いわゆる名作でも傑作でもない、いってみればロマンティックな小品という印象ではあるけれど、青春時代にデートで観たりしたら、間違いなく忘れられなくなるような雰囲気があるのである。


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4 コメント

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高校時代の思い出 (junjun)
2011-12-09 10:35:37
懐かしいですねェ。高校生の時に観て、ロンドンに憧れました。これと小学生の時読んだ「メアリーポピンズ」で、私のロンドンのイメージは決定してしまいました。
ミア・ファローも、私としてはこれがベストかな?トポルも「屋根の上のバイオリン弾き」と全く違う魅力でした。

《青春時代に・・・》
           ご指摘の通りです(笑)
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トポル (ego_dance)
2011-12-11 12:29:01
この映画の中のロンドンは本当に雰囲気があって良いですね。それにしても、私は「屋根の上のバイオリン弾き」を観たことがないのですが、トポルという人がこれ以外の役をやっているところを想像できません。
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「トッポい小父さん」 (junjun)
2011-12-11 15:10:15
と、当時の中高生の私たちは思っていました。確か、007シリーズのどれかにも、したたかな役柄で出演していました。
「屋根の上のバイオリン弾き」のほうが先だったので、私達としては「フォロー・ミー」の方が観る前は不安でした。ちなみに舞台の前に映画を観てしまったので、「屋根の上の~」は森繁も上条もイメージが湧かず未見なのが、少しもったいなかったかも。
「屋根の上」のトポルは、最初の若過ぎるのでは?と云う危惧を中盤以降吹き飛ばすエネルギーと、土の匂いと民族のリズムで私たちをウクライナの大地に連れ去っていきます。本当はレイモンド・ラブロック目当てで観に行った筈なのに、思い出しもしませんでした。
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屋根の上のバイオリン弾き (ego_dance)
2011-12-12 14:07:08
なるほど、「屋根の上のバイオリン弾き」は傑作なんですね。噂は聞いているのですが、ミュージカル映画はどうも昔から敬遠しがちで…。機会があれば観てみたいと思います。

それにしてもこの人、007シリーズにも出ていたとは。
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