アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

空ばかり見ていた

2006-08-12 10:37:33 | 
『空ばかり見ていた』 吉田篤弘   ☆☆☆☆

 『78(ナナハチ)』に続いて吉田篤弘本。

 当たり前かも知れないが、読後感や世界観は『78(ナナハチ)』にとても良く似ている。これが同じ作家だろうか、というような驚きはない。今回は旅する床屋の物語。やっぱりコマギレの短篇が連なって長編になるという構成だ。それぞれの短篇の舞台や登場人物は違うが、どれにも旅する床屋が出てくる。

 旅する床屋はホクトという名で、若い頃フランスでパントマイムの修行をしたことがあるらしい。最初はちゃんと店を構えているが、第一章の最後でふらりと旅に出る。

 よく似ているが、あえて言えば『78(ナナハチ)』よりもうちょっと幻想小説寄りな感じ。『78(ナナハチ)』が三角関係を基本にしたラヴ・ストーリー色が強かったとすれば、こちらは幻想小説的な色彩をより強く感じる。微妙かつ不思議な終わり方をするエピソードも多くて、この作家ならでは名人芸を感じる。淡々と話が進んでいると思うと、ぐーっと幻想の濃度が高まってプツンと終わるという、なかなか気持ちよい章もある。時空が入り乱れて美しく終わる『ワニが泣く夜』では、その鮮やかさにどことなく泉鏡花を思い出した。あそこまで濃厚な世界じゃないけれども。

 この人の幻想はとても軽くて、品が良くて、ふわふわしている。この本の中にはマアトというフランスのお菓子が重要なモチーフとして出てくるが、この人の小説はそれ自体マアトに似ている。マアトとは天使の羽で、魂をはかる時に使う羽のこと。これは口に入れた途端に消えてなくなってしまうが、おいしいという思いだけは口の中に残る、というお菓子だそうだ。このマアトの他にも、天使やパントマイムなどが重要なモチーフとして現れる。天上的な物語、といっていいかも知れない。

 この小説は最初のエピソードと最後のエピソードがリンクしている。最初のエピソードで残されたいくつかの謎が、忘れた頃に最後のエピソードでちゃんと解き明かされて終わる。それはフワフワしていながらも、なかなか感動的な結末である。私としては、こちらの方が『78(ナナハチ)』よりちょっとだけ好きだ。

 ところで、マアトって本当にあるお菓子なのだろうか?


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