アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

必殺必中仕事屋稼業(その2)

2009-05-29 22:10:01 | 必殺シリーズ
(一昨日の続き)

 後半に入ると最終回に向けてキャラクター描写もどんどん深まっていくが、やはり白眉は第23話『取込まれて勝負』である。これはお春の「懐妊」を題材にしたあまりにも感動的なエピソードで、ことさらお涙頂戴の話ではないにもかかわらず、あのラストシーンではどうしても涙腺が緩んでしまう。

 冒頭、医者がお春におめでたを告げる。お春はハッピーでにこにこ顔だ。「子供ができたなんて言ったら、あの人驚くかなあ」が、お春から子供ができたと聞いた半兵衛は「子供なんて欲しくない。おれは子供は嫌いなんだ」と言い捨てて出て行く。悲しむお春。一方、半兵衛は戸惑っていた。「人殺しが父親になんてなっちゃいけねえんだ」しかし政吉に「いやー良かったなあ半兵衛さん! おめでとう!」などと言われたりしているうちにだんだんその気になり、占い師に「健康な子が生まれますかね?」と尋ねたりする。政吉が「半兵衛さんおやじになるんだよ、だから今回の仕事はおれ一人でやるよ」なんておせいに言って(しかし政吉は本当に半兵衛が好きなんだなあ)ピンチになり、土壇場で半兵衛に助けてもらったりしつつ仕事も終わる。
 そしてエピローグ。半兵衛が貯金箱に銭を入れている。そこへお春が帰ってくる。その元気がない様子に半兵衛「大丈夫か、気分でも悪いのか?」あわてて水を持ってくる。「間違いだったの」「え?」「子供ができたっていうの、間違いだったのよ。あんた喜んでなかったから良かったわね」ショックで茫然となる半兵衛。懐から貯金箱を取り出す。「何それ?」「いや、お前に子供ができるっていうから…」お春は貯金箱を手にする。中には小銭がたまっている。お春は無言で、貯金箱をそっと抱きしめる。その目に光る涙。

 半兵衛は子供ができて嬉しいとは一言も言わないし、間違いで残念だったとも言わない。このエピソードの中に一切そういうセリフはない。彼の戸惑いや気持ちの変化はすべて彼の行動で示される。緒方拳の絶品演技が胸に迫る、傑作エピソードである。

 さて、そういう数々の切ないエピソードをへて、私たちは最終回二部作『乱れて勝負』『どたんば勝負』にたどり着く。この最終回は名作と言われていて、必殺シリーズの最終回の中でも『新仕置人』の次ぐらいに人気が高いらしい。
 まず『乱れて勝負』では崩壊していく仕事屋が描かれる。半兵衛のミスで政吉が大怪我をしたり、政吉が仕事屋を辞めようとしたり、誤解しておせいを刺そうとしたり、それをかばってかわりに半兵衛が刺されたりする。なかなか衝撃的な展開だが、私にはそれほど出来がいいエピソードだとは思えない。悲壮感を高めようとするあまり強引な展開が目につくのである。脚本が緻密とはいいがたい。政吉がいきなりおせいを刺そうとするのも不自然だし、忍びの格好で半兵衛の家の中に入って来て打ち合わせをする利吉もあり得ない。大体、政吉に刺されて半死半生になっている半兵衛を仕事に連れ出す意味が分からない。ただし、半兵衛とお春の関係の劇的な展開はやはり盛り上がる。このエピソードで半兵衛が仕事屋であることがお春にバレるのである(バレ方はちょっと不自然だが)。
 そして仕事を終えた後、半兵衛は自分の武器であるカミソリを捨て、お春の待つ家に帰っていく。半兵衛がついにカミソリを捨てる、というこの行為が、これまで『仕事屋』をずっと観てきたオーディエンスにとっては強烈な印象を残す。

 そして最終回。奉行所に目をつけられて追われ、狩られる仕事屋の断末魔が描かれる。いやが上にも盛り上がる悲劇的ムード。政吉が捕まり、拷問される。呼び出されてその光景を見せられるおせい。この男を知っているだろう、と詰め寄る役人。「そんな人は知らねえ!」とあくまでおせいをかばう政吉。前回では刺し殺そうとしたくせに。

 さて、これまで触れなかったけれども、おせいは実は政吉の母親なのである。半兵衛とお春の夫婦愛と並ぶ『仕事屋』全篇を貫くもう一つの柱がこれだ。政吉が仕事で使う女物の赤い懐剣は、おせいが赤ん坊の政吉に残したものなのだ。この設定は第1話で語られ、政吉は知らないものの、おせいは政吉が自分の子供であることを知っている。これまではこの設定もそれほど生かされてはいなかったが(時々おせいが政吉の身を気遣う描写がある程度)、この最終回でそれが最大のテーマとなる。

 この時すでに政吉はおせいが自分の母親ではないかと疑っている。自分のせいでおせいが自白しそうになったことを見た政吉は、同心の隙を見て刀に身を投げ、自害する。「あんな人は知らねえ」と最後までおせいをかばいながら。おせいは自らの手で同心を殺す。そして仕事のあと、あの子を追って死なせて、と叫ぶおせいに半兵衛は言う。「おれたちは無様に生き残ったんだ。人間生きるため死ぬため大義名分を欲しがる。そんなものはどうでもいいんだ! 明日のないおれたちは、無様に生き続けるしかないんですよ。おかみさん、いや、おせいさん。無様に生き続けましょうよ」
 この半兵衛のセリフは必殺の歴史に残る名セリフとされている。そして半兵衛はおせいを逃がすためにわざと役人に見つかり、そのまま逃亡者となって姿を消す。結局、半兵衛はお春とも別れなければならない。最後のシーンは、家にいるお春が歌う牛追い歌が逃亡者・半兵衛の歌につながり、お尋ね者の貼り紙を破り捨てて振り返る半兵衛の険しい表情で、終。

 メンバーの一人が最終回で死ぬのはお約束で、ちょっと安直だとは思うが、この『仕事屋』の最終回はかなりいい出来だと思う。しかしやはり、私は一番クローズアップされている政吉とおせいの母子関係より、半兵衛とお春の夫婦の物語により心を動かされる。政吉の最期は衝撃的だがちょっと唐突過ぎる。おせい側の描写が盛りだくさんなのに比べ、政吉側の描写が少ないのも物足りない。たとえば政吉がおせいに対して、母親じゃないかと探りを入れるような描写があったらもっと流れが良くなったのではないか。
 それに対して半兵衛、お春の愛情関係の機微はこれまでのエピソードの中で丁寧に描かれ、深められている。その果てに到達したこの最終回は異常にドラマティックだ。半兵衛が人殺しだと知った時、お春が「子供なんてできなくて良かった。あんたの子供なんて…」というが、これはもちろん第23話を踏まえてのセリフだ。しかし最後の仕事に出かける半兵衛にお春はすがりつき、「死んじゃいやだ」と言って泣く。最後に半兵衛はお春に金を残し、いずこともなく去る。追われている彼はもうお春のところへ戻ることができない。しかしラストシーン、離ればなれになっている二人が同じ歌を歌っていることで、この二人のお互いへの思いが分かる。
 
 というわけで、最終回『どたんば勝負』も劇的で悪くないのだが、私が選ぶベスト・エピソードは第23話『取込まれて勝負』ということになる。しかしこの『必殺必中仕事屋稼業』、スタッフも気合が入っていたのか脚本も良く、見ごたえのあるエピソードが多い。なんといっても、ここまで切ない作品は他にない。名優・緒方拳の魅力も満喫できる。中村主水が出てこない必殺なんて見たことがないという人は、ぜひ一度ご覧いただきたい。


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7 コメント

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Unknown (haru)
2009-11-18 01:29:58
今更ですが、必殺シリーズの総評拝見させていただいています。

仕事屋家業は、最初は息も会わずに行き当たりばったりであった二人が、かみ合うようになっていくんですよね。
最初はお互いににらみ合う微妙な仲なんですが、修羅場を潜っていくことで出来の悪い弟を可愛がる兄弟みたいな仲になっていくのが微笑ましかったです。
……まぁそれが最終回の切なさに繋がっていくのですが。

第一のエピソードを挙げろといわれたら、僕も「取込まれて勝負」かな。
ねず講などの仕掛けも良いが、儲け話があるんだといい笑顔で進める政吉や、借金はもう駄目ですよとそっけなく断る利助(またかーという感じが良い。
親父になることに揺れる半兵衛、おれ一人でやるよと仕置のテーマが流れる夜道を全力でつっぱしる政吉。
そして同時仕置き……そこからの流れもまた美しい。
一日早いっていうのに、何でいるんですかおせいさんw
1話の仕置きと「取込まれて勝負」は同じ同時仕置きなのですが、手際の良さは雲泥の差。
「取込まれて勝負」は確実に必殺狙ってる……ああ成長ているんだなぁと思わせてくれます。
仕事屋の全要素が盛り込まれた良回ではないかと。

文中にある通り、半兵衛とお春さんとの仲の良さもそうですが、このシリーズは「時間の経過」を上手く利用していたと思います。
1話のエンディング、影さす境内でそっぽをむいていた5人が、だんだんと仲良くなり、そして崩壊していく構図に、最終回後呆然とさせられてしまいました。
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Unknown (haru)
2009-11-18 01:44:37
>>追記(仕事屋稼業だった)
書き忘れていましたが、挿入歌の「夜空の慕情」はお春さん。
エンディングの「さすらいの唄」の歌詞は、半兵衛の歌なんですね。
二人はいつか、再会することが出来るのでしょうか……
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取り込まれて勝負 (ego_dance)
2009-11-18 13:12:23
そういえば、確かにこの同時仕置きは第一話と同じパターンですね。しかしこのエピソードは何度観てもいいです。

半兵衛と政吉は仲いいんだけど、時々政吉が酒のみながら「半兵衛さんも駄目だよあれじゃ。がっかりだよ」なんて言ってたりするのがまた好きだったりします。好きと憎らしさがまじりあってるみたいな。池辺良が出てくるエピソードだったかな。

挿入歌とエンディング曲の歌詞はチェックしてませんでした。そうですか、お春さんと半兵衛なんですか。せつないですねー。あの二人は再会できたと信じたいです。
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意外ですが (田舎の仕事人)
2012-01-22 23:07:46
小沢深雪さんのハスキーな歌声は今再結成で話題のプリンセスプリンセスのギターの中山加奈子さんのハスキー歌声に似てる感じがします。またボーカルの岸谷香が初めて音楽を担当した映画のタイトルは仕業人の主題歌と同じさざなみです。ヒット曲のダイアモンドにも「モンド=主水」の名前があり何かと必殺と因縁のあるバンドです。解散した年も映画で主水死すが公開された年ですし。まるで必殺と一蓮托生ですね
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Unknown (ego_dance)
2012-01-24 11:58:06
すみません、プリンセスプリンセスをよく知らないので何ともコメントできません……でも「さすらいの唄」は好きです。
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第23話『取込まれて勝負』 (ぴんぞろ)
2012-04-03 01:30:47
こんにちわ

ホームドラマチャンネルで、20年ぶりに仕事屋を観る機会ができました。

先日、第23話『取込まれて勝負』を観まして、
これまでで一番好きな話だったのですが、なかなか評価、コメントされている方がなく、
「私の個人的な好みだったのかな」と思っていたところ、白眉の作品との解説がこちらにあったので、とてもうれしかったです。


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Unknown (ego_dance)
2012-04-05 10:44:36
ぴんぞろさんこんにちは。
このエピソードは私も一番好きです。そういう人は多いみたいですよ。最後の半兵衛とお春のやりとりがたまらないです。
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