アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

The Lesson

2017-07-03 21:44:44 | 映画
『The Lesson』 Kristina Grozeva, Petar Valchanov監督   ☆☆☆★

 iTunesレンタルで鑑賞。2014年のブルガリア映画。ブルガリアの映画を観たのは多分初めてだと思う。

 主人公はブルガリアの女教師。冒頭、彼女の教室で盗難事件が起きる。彼女は生徒たちに、このままではすまさない、必ず犯人を見つけて教訓を与えると宣言する。この生徒による盗難事件は、言ってみればメインのストーリーの注釈となるサブプロットだが、メインプロットと同時並行的に進行し、映画の最後で終結する。

 さて、彼女が帰宅すると銀行が家を差し押さえ、競売にかけるという。晴天の霹靂。彼女はまったく知らなかったが、夫が借金の返済をする為の金に手をつけてしまった為だ。家を取り戻す為には三日以内に支払いが必要。こうして唐突に、生活をかけた彼女の戦いが始まる。銀行に掛け合い、副業である翻訳会社に遅延している支払いを催促し、仲たがいしている父親のところにも行くがうまくいかない。結局ヤクザな金融業者から金を借りて、なんとか銀行に支払いをする。その後翻訳会社が倒産し、当てにしていた金が入らなくなる。今度は金融業者への返済ができない。ヤクザな業者に脅され、彼女は子供(金融業者の甥)の採点を水増しする。そしてさらに耐えがたい要求を突きつけられた彼女は…。

 完全なドキュメンタリー・タッチで進むリアリティ満点の物語は、『サンドラの週末』そっくりである。題材が生活の中のトラブルであること、金銭問題絡みであること、色んな人に頭を下げて回らなければならないこと、そんなこんなで実にイヤーな話であること、など感触が瓜二つ。同じ監督の映画と言われれば信じただろう。

 違う部分があるとすれば、あくまでリアリズムの範疇内で展開した『サンドラの週末』に比べて、こちらは終盤かなりぶっ飛んだ展開になるところだ。撮り方はあくまでドキュメンタリー・タッチだが、そこまでやるかという驚きが観客を待ち受けている。事態がエスカレートしていくその高まり方は、こっちの方が断然激しい。

 もう一つの違いは、主人公であるマジメな女教師が、事態の展開の中で厳しい倫理的ジレンマに直面すること。『サンドラの週末』ではこんなことはなかった。つまり強い倫理観を持った彼女(冒頭の教室での盗難事件への対応がそれを示している)が、ギリギリの状態で自らの倫理観を試されるのである。ヤクザな金融業者に返済を少しだけ待ってくれと頼んだ時、自分の甥の点数を水増しすれば点数分の日数だけ待ってやる、と言われる。そして結局、彼女はそれをやる。それが彼女自身の信念に反する、耐えがたい行為であるにもかかわらず。

 自分と自分の子供の生活、そして安全がかかっていれば、人はほとんどどんなことでもやる。背に腹は替えられない、ということだ。彼女の行為は正しかったのか、あるいは間違いだったのか。おそらくほとんどの観客は止むを得ない、と考えるだろう。もともと彼女に落ち度はない。子供たちの点数を多少水増ししたとしても、自分の子供を危険にさらすよりよほどいい。しかし、ではその後に彼女はとった行動はどうだろうか。許容範囲だろうか。

 もちろん、映画はその答えを教えたりはしない。判断はすべて観客に委ねられている。この場合のもっとも現実的な解は、父親に謝って金を出してもらうことだ、と考える人は多いだろうし、実際そうかも知れない。が、しこりがある人間関係のためにどうしてもできない、というのも理解できる。マジメな、信念を持っている人ほどできない。彼女だってギリギリまで努力するのだが、結局うまくいかない。

 映画のラスト、教室の盗難事件の犯人が判明する。だが、彼女はそれを咎めない。公表せず、叱りもせず、ただ自分の胸におさめる。彼女自身の苦い教訓がそうさせたのである。

 実にイヤな、ストレスフルな映画だが、重苦しいだけでなく多少エンタメ的に、ハラハラドキドキさせる趣向を凝らしてある。特にタイムリミット直前に銀行に金を振り込みに行くシーンは実にハラハラする。金を借りて、なんとか間に合うように窓口に駆けつけると思わぬ手数料がかかり、ほんの数セント足りないと言われる。これが遅れると家を取られてしまう。彼女は外に出て行き、もはや人目も気にせず泉水の中から小銭を拾う。公園で遊んでいる子供たちがそれを見ている。

 『サンドラの週末』と同じく、観ていると間違いなく引き込まれ、ハラハラさせられるが、物語として痩せていると感じる欠点も同じである。観終わると、生きるって大変だなあ、とため息が出そうになる。『サンドラの週末』が好きだった人は気にいるかも知れない。映画とは観客に夢を見せるものだ、と思っている人にはあえておススメしない。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿