アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

偶然の音楽

2011-02-08 19:27:35 | 
『偶然の音楽』 ポール・オースター   ☆☆☆☆

 『オラクル・ナイト』が面白かったので次はこの『偶然の音楽』にトライしてみた。やっぱり変な話だった。ストーリーが明らかに妙である。何をやりたいんだかよく分からない。が、ディテールは非常にしっかりしていて魅力的だ。だからリーダビリティは高い。

 主人公のジム・ナッシュは遺産を相続して金持ちになり、車に乗って全米を旅して回る。金がだんだんなくなってきて不安になったところで、ポッツィという若い男と出会う。ポッツィはポーカーで身を立てようとしているギャンブラーで、ジムはポッツィと組んで大金がかかったポーカー勝負をしようとする…。

 どんな変な話か分かってもらうためにもうちょっとあらすじを書きたいのだが(そうしても本書の面白さはまったく揺るがないと信じるが)、そういうのが嫌いな人もいるようなのでやめておく。とにかく先の読めない展開で、私は最後の一行までこの先どうなるのかといぶかしむことをやめられなかった。とはいってもミステリ的というわけではなく、伏線が回収されるとかあっと驚くどんでん返しがあるとかそういうことはない。ポイントポイントで話があさっての方向に折れ曲がる。なんじゃこりゃ、と思いながら読み続けるしかない。

 結末も完全に読者置いてけぼりである。唖然としてしまった。こんな終わり方でいいのか。そもそもポッツィはどうなったのか。ポッツィの件は誰がやったのか。まあそれは大体見当がつくとしても、ポーカー勝負の真相はどうだったのか。ポッツィの言う通りだったのか。娘の手紙はどうなったのか。そもそも大富豪兄弟の本当の目的は何なのか。

 分からないことだらけだ。プロット上の謎だけでなく、伏線じゃないくせに奇妙で意味ありげなディテールもまた多い。ポーカー勝負の相手であるフラワーとストーンの兄弟は大富豪のくせに子供食ばかり食べ、精巧なミニチュアを作る仕事に精を出している。あれが話にどう絡むかと思っていると、結局絡まない。だけどこういうディテールがこの小説を魅力的にしている。見張りのマークスもどんな奴なんだかよく分からない。

 途中でナッシュとポッツィがやらされる壁作りはカフカっぽい匂いがするが、不条理小説や寓話にはなっていかない。とてもリアルでディテール豊富なため、スリリングに面白く読めてしまう。ナッシュがなんとなく意味は分からないままやりがいを感じ始めるところなど、何かしら人生の真実をついているようにも思える。そもそもこの小説は最初の段階でナッシュにどん詰まりを味わわせ、その後不条理なストーリー展開のそこここで救済の予感を感じさせる構成になっていて、いわゆる不条理小説とは逆である。状況はドツボなのだが、ようやく何かが始まる、あるいはようやく何かが終わる、という予感があちこちにちりばめられている。しかし、実際は何も始まらない。

 優れたリーダビリティ、堅牢なディテール、ニュアンスに満ちたエピソード、にもかかわらず全体としては不可解なプロット。オースターというのはいつもこういう作家なのだろうか。よく分からないが、次はどれを読もうかとまた考えている自分がいる。
 


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