アブソリュート・エゴ・レビュー

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男はつらいよ ぼくの伯父さん(その1)

2017-07-10 23:56:45 | 映画
『男はつらいよ ぼくの伯父さん』 山田洋二監督   ☆☆☆☆★

 シリーズ第42作目。全部で48作なので、ほぼ最終期の作品である。渥美清の体調問題もあって、寅次郎よりも満男にスポットを当てたエピソードとなっており、いわゆる後期の「満男三部作」の第一作目に当たる。渥美清の体が動かなくなってきたことによって、どんどん寅次郎の元気がなくなってくる時期の作品だが、この作品ではまだそれほど衰えは目立たない。また、その渥美清の体調問題ゆえにかシリーズがあまりに長期化したゆえにか、これまでのシリーズのパターンを積極的に破ろうとする試みが数々なされており、そのために結構新鮮さがみなぎる一作となっている。

 冒頭からしていつもと違う。「叔父さんは、親切な人だ」という満男のナレーションで映画が始まる。そして寅の人となりを紹介するのだが、画面ではそのナレーションに沿った芝居が進行する。電車の中で、座っている高校生たちの前におじいさん(イッセー尾形)が立っている。寅は高校生を怒鳴りつけて立たせ、おじいさんに座るよう勧める。するとおじいさんは「年寄り扱いするな!」と怒り出す。最初は「悪かった。しかしここは、おれの顔を立てて」などと低姿勢の寅だが、やがてスイッチが入り、おじいさんと喧嘩を始める。

 主題歌が始まってもその芝居は続き、駅でおりて駅員に仲裁され、最後は寅とおじいさんと高校生がみんな仲良くなって終わる、というお約束芝居だが、いつものように寅が柴又に帰ってくる旅の情景ではないため、なんだか新鮮だ。

 そして本篇が始まると、いきなり舞台はとらやではなく諏訪家である。これも珍しい。まあ大体において、本作ではとらやの印象が薄い。主人公が満男なので諏訪家がクローズアップされるのは当然と言えば当然だが、これも本作の新鮮さの一因だろう。しかも冒頭から諏訪家に不穏な空気が立ち込めている。いつも和気藹々としている印象が強い諏訪家に勃発した、リアルな諍い。親子関係の亀裂。いつもと違う、予定調和を破壊するような緊張感がある。

 このように諏訪家の諍い(満男の反抗)がクローズアップされた後、寅が柴又に帰ってくる。いつものパターンでタコ社長やおいちゃんとすぐ喧嘩するかと思うとそうではなく、満男と酒を飲みにいく。そして満男に酒の飲み方を教えるのだが、この講釈がいかにも寅らしくて良い。渥美清の話芸が愉しめる。まずはちょっと舌を湿して、これから酒が入っていきますよと五臓六腑に知らしめる必要があるそうだ。それから店の女の子に「きれいだね」とお世辞を言うのも大事。こうするとサービスが良くなる。

 その後二人でベロンベロンに酔っ払って帰宅して顰蹙を買い、結局寅は翌朝また旅に出ることになるのだが、この時も画面に映っているのは寅ではなく、二日酔いで寝ている満男である。満男が主人公というスタンスは徹底している。

 この後、満男が名古屋に引っ越したブラスバンド部の後輩・泉(後藤久美子)をバイクで訪ねていく、という風に物語は展開していく。本作はなかなか爽やかなロードムーヴィーでもあり、満男が途中で事故ったりオカマに襲われそうになったりと波乱万丈だ。名古屋のバーにお母さん(夏木マリ)を訪ねていって泉の居場所を聞く場面も、予備校生の吉岡秀隆、色っぽいママの夏木マリ、シックなバー、という取り合わせが面白い。

 そして満男は泉を追ってとうとう佐賀まで行くが、田舎のひなびた風景の中に存在する超絶美少女の後藤久美子は、ほとんどシュールである。いや冗談抜きで、この時期の後藤久美子は本当に美しい。この透明感、清潔感、白いバラのような華やぎ。こんな美少女がクラスにいたら、男子は全員勉強など手につかないだろう。こりゃ満男が受験に失敗したのもやむなしである。

 さて、ここまでずっと満男を追って話は進んできたが、佐賀でようやく寅が再登場。宿で満男と相部屋になるというありえない偶然もお約束だが愉しく、また寅とさくらの電話のやり取りも笑える。とにかく面白い場面の連続である。

 ちなみに今回、寅の相手役は泉の叔母(檀ふみ)なのだが、本作のマドンナは一般に後藤久美子と認知されている。ついに寅の相手役でなく、満男の相手役がマドンナになってしまった。まあ、あの後藤久美子のダイヤモンド級の輝きを見てしまうとそう言わざるを得ないのは分かるが、「男はつらいよ」シリーズ本来の意味でのマドンナは、やはり檀ふみというべきだろう。

 しかしこれも実は微妙で、今回、檀ふみにはちゃんと夫があり、『男はつらいよ 寅次郎真実一路』のように旦那が蒸発したわけでもない。夜にはちゃんと帰ってきて寅と顔を合わせるが、この旦那は完全に寅と反目する。イヤな奴である。教師といいながら杓子定規で傲慢、妻の檀ふみに対しても横暴だ。夫婦仲は円満とは言い難い。が、檀ふみはじっと耐えている様子。今回、寅がこの奥さんに本当の意味で惚れたかどうかは微妙(見た瞬間ぽーっとなったのは確か)だが、別れ際に、寅は彼女に「幸せになって下さい」と言い残す。これはどういう意味だろうか。寅は彼女に何を言いたかったのだろうか。妙に心に残るセリフである。

(次回へ続く)



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