アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ニュースキャスター

2010-02-01 21:15:57 | 
『ニュースキャスター(上・下)』 アーサー・ヘイリー   ☆☆☆☆

 再読。本書はかなり後期の小説で、アーサー・ヘイリーにしてはアクション色が強い。テロリスト相手の銃撃戦まである。

 組織を描く作家、ヘイリーが今回取り上げたのはネットワーク・ニュース業界。ネットワーク局のニュース番組がどのように作られるかを、記者、カメラマン、プロデューサー、エディター、ニュースキャスターなど色んなプロ達の仕事ぶりを織り込みつつ、例によって緻密に組織的に描いていくわけだが、メインとなる事件は誘拐事件である。しかも南米の麻薬カルテルが黒幕で、実行犯は名うてのテロリスト、誘拐されるのは有名なニュースキャスターの家族、というド派手な事件だ。テレビ局は報道番組作成と仲間の家族救出という二つの目的で優秀な人材を集めた特別編成チームを組み、報道と取材のノウハウをフル活用して誘拐事件を追う。この報道局ならではの捜査手法が、警察を主人公にした普通のミステリと一味違う本書の読みどころだ。たとえば学生のアルバイトを大量に動員して新聞広告を調べさせるとか、刑事とは異なるジャーナリストならでは訊問テクニックとか。親会社のグローバニックが商売の都合で調査に横槍を入れてくる、なんてのも警察小説では見られない展開だ。

 物語は主役であるネットワーク・テレビ局の人々の視点、誘拐された被害者の視点、そして誘拐犯であるテロリスト視点が移り変わりながら進んでいくが、パスポート偽造や国外脱出、麻薬カルテルとの付き合い方(?)など、誘拐のプロ側のノウハウまで緻密に描写されている。それから人質が誘拐犯に共感してしまうストックホルム症候群も、かなり重要な要素として物語に組み込まれている。

 一方で、人質と放送倫理の板ばさみ、というもうひとつのテーマはあまり掘り下げられていない。本書で家族を誘拐されるニュースキャスター、クローフォード・スローンはかつて著書の中で「人質は消耗品とみなされるべきであり、決してテロリストと取り引きしてはならない」という強硬論を唱えたことがあった。そのスローンの家族が誘拐され、犯人グループは非現実的な要求を突きつけてくる。そこで強烈なジレンマが生じるが、このジレンマ、あるいはクローフォード・スローンの苦悩はとことん追求されることなく、めまぐるしい終盤の救出劇に呑み込まれていく。その点は物足りない。

 本書の主人公はニュース記者のハリー・パートリッジだが、それと対照的な野心的かつ傲慢なキャラクターがクローフォード・スローンである。いつものパターンだが、今回はクローフォードの家族が被害者となり、それを助けるため尽力するのがハリーであるため、この二人の間に共感が生まれる点が異なっている。クローフォードは別に悪役ではない。それにしても淡々と死地に赴き、かつて愛した人(クローフォードの妻はハリーの元恋人なのである)のために命を賭けるハリーはカッコよすぎるなあ。

 最初に本書を読んだ時は、舞台となるネットワーク・ニュース局に働く人々がみんな超優秀なのが鼻についたし、セレブで華やかな人々(有名人多数)たちのストーリーなので結構アクが強い。ネットワーク・テレビ局で働くと桁違いの給料をもらえる、セックスの愉しみも簡単に手に入る、なんてことも淡々と書いてある。ヘイリーの小説は銀行や電力会社など、普通スリラーになりにくい業界を舞台にしているのが特徴だが、そういう意味では本書は派手すぎるきらいがなきにしも非ず。『ホテル』や『最後の診断』の古き良き人間ドラマ的な味わいはない。しかしヘイリー流の緻密な調査と情報量で組み立てられた誘拐事件の顛末はスリリングで面白く、やっぱり読み出すと止まらなくなる。

 ちなみに本書の主人公ハリーは、合法的に一銭の税金も払わず暮らしている。んなアホな、と言いたくなるが、仕掛けも説明してあるので興味のある人は真似してみたらどうだろう。といっても、カナダ国籍で、かつ世界中を飛び回れる職業についていることが必須条件だが。


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