アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

碁を打つ女

2015-02-02 21:37:48 | 
『碁を打つ女』 シャン・サ   ☆☆☆

 中国人女性作家がフランス語で書いた小説。シャン・サは10代で処女詩集を出版し、17の時に家族とともにパリへ移住し、20代でゴンクール賞最優秀新人賞を獲っている。才媛である。本書が書かれたのは作者が30歳ぐらいの時だが、やはり「高校生が選ぶゴンクール賞」を受賞しているらしい。

 物語の舞台は中国、時代は第二次世界大戦中。タイトル通り、碁を打つ中国人少女をメインに据えたラヴ・ストーリーで、相手役は日本人の青年士官である。もちろん、当時の日本は中国を侵略中もしくは進出中なので、敵同士である。特徴的なのは構成で、中国人少女視点の章と青年士官視点の章がきっちり交互に配置されている。各章は短く、3~4ページ程度。少女の章は「わたし」の一人称記述、青年の章は「私」の一人称記述になっている。

 最初しばらく、この二人の物語は別々に進む。少女は碁を打つのが好きで、学校へ通い、抗日組織の青年に恋をし、妊娠し、やがて幻滅を味わう。日本人青年士官は厳格な母と家族に別れを告げて軍隊に入り、中国大陸に渡り、使命感に燃えて戦闘に従事する。その合間に、光という芸者との恋、満州の娼婦との関係などが描かれる。

 やがて青年士官は千風という町に駐留し、そこでスパイの役目を与えられ、中国人に変装して町を歩く。碁の愛好者が集まる場に行き、名も知らぬ相手と対局する。そこで彼が対局するのが、「わたし」である中国人少女だ。こうして「わたし」の物語と「私」の物語が出会う。

 それからしばらくは、それぞれの物語(抗日組織の青年との恋、軍隊の中の生活)が進みつつ、二人は時々会って碁を打つだけだ。お互いの名前も知らないし、相手の碁の打ち方以外に関心もない。相手への関心が急速に高まり、惹かれあうようになるのはもう物語の終盤である。そして物語はそのまま、加速度的に悲劇的結末へとなだれ込んでいく。

 本書では「碁」というゲームを重要なモチーフに据え、物語全体のメタファーとし、その上で男女の悲劇的な愛を描いている。リアルというよりは神話的、詩的なレシである。文体は簡潔で、暗示的で、散文詩的なトーンを基調とし、エピソードにもどこか現実離れしたところがある。フランスではこの類の小説の系譜があるようで、たとえばアレッサンドロ・パリッコ『絹』、マクサンス・フェルミーヌ『蜜蜂職人』、クリストフ・バタイユ『アブサン』『時の主人』などが該当する。それぞれ絹、蜜蜂、アブサン酒、時計を主要なモチーフとして詩的な世界を作り出しているが、本書は同じように「碁」をモチーフとしたレシだと思えば良い。

 ただし、前述の4作と比べると少々落ちるというのが私の感想だ。まずラストがあまりにもストレートで、唐突感があり、物語世界の広がりを欠く。とってつけたような悲惨な結末で、作者の若さと自己陶酔が透けて見える。見方によっては、ちょっとばかばかしささえ感じさせる結末ではないだろうか。また、本書の中で日本軍は基本的に残虐で、悪辣で、拷問好きに描かれているが、これも一面的というかマンガ的で、特に日本人が読むと違和感があるだろう。

 それともう一つ、文体はたしかに散文詩的ではあるけれども、異国の言葉(フランス語)で書かれたせいか全体に生硬な印象を受ける。いわゆる美文調なのである。まあこれは好みの問題かも知れないが。長所としては先に書いたとおり、少し現実離れした浮遊感のある詩的なムードと、悲劇的恋愛のロマン性。総合すると、水準作というところだろう。



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