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アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

淑やかな悪夢

2006-11-08 20:44:22 | 
『淑やかな悪夢』 シンシア・アスキス他   ☆☆☆☆

 英米の女流作家の怪談を集めた短篇集。『黄色い壁紙』という短篇が怖そうだったので興味をひかれて読んでみた。

 巻末の訳者鼎談で西崎憲氏が、この『黄色い壁紙』を目玉にするつもりで入れた、と発言している。それから面白いのが、この短篇について「改行の仕方が怖い」と言っている。改行が怖いとはこれいかに? ということで実際に読んでみると、本当に改行が怖かった。「わたし」という女性の一人称で書かれているが、この「わたし」はいわゆる「信頼できない語り手」であって、その「わたし」の世界がだんだんよじれていく。かなりユニークで、強烈な短篇だ。最後のパラグラフはほとんどの読者に異様な戦慄を与えるに違いない。

 これを最初に読んだ雑誌編集者は「自分が感じた惨めさをほかの人物に味わわせることなどとうてい容認できるものではない」と掲載を断り、ある医師は「こんな小説は書かれるべきではなかった。読んだものが誰であれ、正気を失わせること疑いなしだ」と抗議したそうだ。まあ正気を失うほどではなかったが、確かに怖い。この怖さは、本書に収録されている他のトラディショナルな「怪談」とは異質である。それはこの短篇が外からやってくる怪異を恐怖の対象として描いているのでなく、人間の内側にある「狂気」をテーマにしているからだと思う。しかもそれを、正面から現代のサイコ・ホラー風に描くのではなく、外界にある怪異に委託して描くという、言ってみれば折衷的な手法を使っているところが余計に凄みを生んでいるように思える。

 他の短篇は例によってばらつきがあり、あまり印象に残らないものも結構あった。私が好きだったのは以下の緒篇。

 アメリア・B・エドワーズ『告解室にて』。ちょっとポーのようなエキゾチズムとメランコリックな抒情性がある話。旅行でライン川沿いの町を訪れた「私」は無人だと思った教会の告解室で恐ろしい形相をした牧師を見る。その後、宿の主人夫婦から昔の殺人事件の顛末を聞く。

 ディルク夫人『蛇岩』。海のそばに立つ陰鬱な城の中で繰り広げられる、母娘二代にわたる呪いの物語。怪談というより運命譚と呼ぶ方がふさわしい。「…でございます」調の文体と、『嵐が丘』を思わせる荒涼とした舞台背景に独特の詩情がある。

 マージョリー・ボウエン『故障』。鉄道の故障で夜道を歩くことになったジョンは奇妙な旅館「願望荘」にたどり着き、幽霊に遭遇する。ここまでは普通の幽霊譚だが、助かって最後に友人宅にたどり着き、友人の妹を見た途端、読者はジョンとともに再びこの世ならぬ世界に連れ去られる。この不思議な結末には奇妙な美しさがある。

 キャサリン・マンスフィールド『郊外の妖精物語』。純文学作家の手による幻想的な掌編。鳥になった少年の話。


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