アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

居心地の悪い部屋

2015-12-28 20:37:47 | 
『居心地の悪い部屋』 岸本佐知子編・訳   ☆☆☆☆★

 ブランアン・エヴンソンの未読短篇に惹かれて入手した『居心地の悪い部屋』を読了。これは実に魅力的なアンソロジーだった。読後居心地が悪くなる作品集、という趣向が面白いし、収録されている短篇も一癖あるものばかりでとても読み応えがある。

 お目当てだったエヴンソンは二篇収録されていて、『遁走状態』の前作であるデビュー短篇集からの収録らしいが、あいかわらず異次元の不気味さである。状況がグロテスクなのに加え、わけのわからないシュールさが不安に拍車をかける。デビュー作品集が冒涜的という理由でモルモン教会から破門になったというエヴンソン、かわいそうではあるけれども、「この人大丈夫か?」と不安になる人の気持ちも分かる。アンナ・カヴァンは長編『氷』を読んでまあまあだと思った作家だが、本書収録の「あざ」の切れ味には唸った。前半のリリシズムから、後半の悪夢的幻想に一気に転調する大胆さ。あまりにも鮮やかだ。現代アメリカ的な簡潔なスタイルの収録作が多い中、バロック風の味わいをもった翳りある文体も魅力的である。これでこの人の短篇集を読まなくてはならなくなった。

 「どう眠った?」はやたらトリッキーで技巧的な短篇。岸本佐知子があとがきで解説してくれなかったら狙いすら分からなかっただろう。「2人の人物が互いの眠りの質を自慢しあいながら、中身はなぜか建築物談義になっている」という、摩訶不思議な短篇である。「オリエンテーション」「やあ!やってるかい!」「喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ」はどれも発想が命というタイプの作品で、ドナルド・バーセルミの短編を連想した。特に気に入ったのはオフビートでおかしい「オリエンテーション」で、オフィスを案内しながら新しい社員に色々説明するという体裁の短篇である。

 ザクサヴィッチの「ささやき」は『月の部屋で会いましょう』で既読だったが、こうしてアンソロジーの中に収録されるとひときわインパクトがある。超絶奇妙な短篇だ。自分が本当にいびきをかくか確かめようと思って寝室の音を録音すると、誰とも知れない男女の会話が録音されていた、という話である。驚いてあたふたする主人公の行動が面白い。

 「潜水夫」はまた他と毛色が違い、軽やかというよりは芯にずっしりした重たさを持つ短篇だ。このアンソロジー中ほぼ唯一のリアリズム路線であり、シュールではなくリアルな人間の不可解さで読者を居心地悪くさせる。もっとぶっとんだ結末になるかと思っていたらそうならないところが、また余韻を深める結果になっている。

 まあそんなわけで、きわめてレベルの高い、ユニークなアンソロジーだった。満足度は高い。しみじみした、シアワセな短篇は読み飽きたというすれっからしの読書家におススメしたい。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿