崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

馬倩茹「植民地文化論」

2014年08月18日 05時22分51秒 | 旅行
馬倩茹「植民地文化論」(広島大学大学院国際協力研究科講義感想文) 2014年8月12日
                                 
 講義の最初先生が見せてくれた「ペーパーチェース」を深く考えてみた。あの映画はハーバード大学の講義の様子を撮ったもの、中国でもオンライン公開講義を通じて、世界の一流大学の雰囲気と理念は知っていた。大学の役割、大学の先生の本業は一体何だろう。この映画では、知識を身につけるのはほとんど自力で完成し、講義時間ではその知識を基礎にして自らの思考を先生や学生の間で議論することである。頭を動かす、思考と質疑の能力を培う、独自の価値観と世界観を完成させる過程が見られる。今度の講義でも、さまざまな日中韓三国の複雑な問題をめぐって考えて発表し、思考力を上昇させ、視野を広げ転換させることが出来た。非常に有意義な講義であった。
 「慰安所管理人日記」について、歴史資料か、生き証人の証言か、両方どちらのほうを信じるべきか?どちらがもっと真実に近いだろうか、議論した。日記は生存者の証言と比べて、当時のままを記し、時間が経っても変わることがない。一方、生き証人は、何度も何度も繰り返し証言をする間に、無意識のうちに加工する可能性がある、当時まだ子どもなのに、なぜそこまで詳しく覚えているのかと疑問が生じたこともある。両方とも主観が含まれるのでこれらを以て真実を知ることは非常に困難である。また読む人によっても全然違う場合もありうる。
 戦争など主題とする博物館の役目は、当時の実物、歴史資料を集め、説明をつけて展示し、出来るだけ当時を忠実に反映し、見学に来る人が共感を生み出す、この後に考えさせ、いまの生活あるいは未来に繋がっていこうとしている。私は呉にある大和ミュージアムに見学に行ったことがある。館長さんの説明によると呉は日本海軍の造船基地として、戦時中たくさんの戦艦を製作し提供したという。当時呉は前線ではなく、戦争の炎に呑み込まれたことがなかったが、終戦直前の空襲で被害を受け、町も全滅状態になったとのこと。大和戦艦は日本海で撃沈された。これは被害者としての語り方であろう。つまり戦艦を作るだけ、直接に戦場で人を殺すことはなかったと言ったのである。歴史を見る時、自らの判断は必要であろう。私には、それは理解不能の解釈、言い訳であった。戦争の正体は何か、正義は何だろうか、戦争の恐ろしさ、戦争が平和を守ることだろう。殺人兵器を製造したことの責任も取るべきだ。歴史を語る権利は誰が握っているのか、加害者、被害者から歴史をどう解釈するのかなどたくさんの問題について、深く考えることが出来た。
 個人の歴史を知ることはただ同情、怒り、戦争の残酷さなどを感ずるしかない。しかし国家レベルになると非常に勝手なことで、国と国との歴史的問題、共同認識は難しく、国益に利用し、民衆の関係を傷つけ、最悪の場面に導くのも過言ではない。歴史問題の解決のためには加害者はまず心からのお詫びをすることである。しかし加害者はほとんど亡くなっており、この責任は誰が背負うのか、いまの世代だろうか?金銭的援助では、どの位の賠償が合理的であるのか。この講義ではよく考え、意見を述べて、議論し、さらに考えることは非常に面白かった、そして、思考力などの能力も十分に鍛えられた。(写真の真ん中が馬さん)