西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
本ブログ記事の無断転載および無断引用をお断りします。
 

フロベールの文体:「外科医のメス」

2018年03月14日 | 手帳・覚え書き


『ボヴァリー夫人』より
「エマは前びらきになった部屋着をきていた。胸のところのショール型の折返しから三つ金ぼたんのついた襞のある肌着がのぞいていた。帯は大きな房のついた縒り紐で、臙脂色の小さなスリッパには幅広のリボンがたくさん結ばれてそれが足首までひろがっていた。手紙を書くあてもないのに、彼女は吸取紙や書簡箋やペン軸や封筒を買いこんだ。棚のほこりをはらい、鏡に姿をうつし、本を一冊手にとり、それから読みながら空想を追い、本を膝の上に落とした。旅行がしたくなったり、むかしの修道院に帰りたくなったりした。死にたくもあり、パリへ行って住みたくもあった」。

芥川龍之介は、「銀のピンセット」であり、フロベールの文章は「外科医のメス」だと言われる(「執刀医的」だとしたのはサント・ブーヴ)。確かに、エマを客観的に描く手法は、フロベール固有の「没主観」である。しかし、だからといって、フロベール自身が「没主観」であったことにはならないだろうし、エマの人格の底には、叙情的なもの、情緒的なものや幻想への憧れが、鉱脈としてあるように思われる。



ではなぜ、フロベールは、「没主観」を目指したのだろうか。この問題は、フロベールの中にある「凡庸」と一線を画したいという強い願望、ある意味では貴族的な階層の美意意識に特有の現象と関係があるとも言えるのかもしれない。叙情的、感情的なことは、人間味があることではあるが、情緒的で大衆迎合的であることも否めない。さらに、これらは、ジェンダー意識が未開の19世紀にあっては、女、子供が関わる下位の領域のものとする通念でもあっただろう。
フロベールを「没主観」の文体訓練に駆らせたのは、感情や情緒に流され、大衆的であることを厭う、作家の奥底にひそむ、「凡庸さ」に対する深い倦怠と茫漠とした虚無感、実存の憂鬱とでもいえるような、現実に幻滅した男の美学ーこれはエマに転嫁されているのだがーとでもいえる『紋切り型辞典』の作者の生き様の特質であったのではないだろうか。

十九世紀はレアリスムが台頭してきた時代だが、それはまた、男はレアリスム、女はイデアリスムと境界線を引きたがる時代でもあった。事実、サンドにはレアリスムに根ざした作品が存在するものの、男性作家たちにより、彼女は、イデアリスムを志向する作家に分類されたのであった。

フロベールは、たった一行の文章を生み出すのに、何日も家にひきこもり、呻吟し、その苦しみを「師匠」とよぶサンドに書き綴り、サンドの方では、散歩をしたらどうか、ノアンに滞在しにきてはどうか、と助言し激励している。こうした様子は、二人の往復書簡のそこかしこに散見される。

二人の友情のはじまりは、1863年、サンド57歳、フロベール42歳の時に遡る。
フロベールの『サランボ』についてサンドの書評が新聞に掲載されたことから、この「心のこもった」書評に感動したフロベールがサンドに送った御礼の手紙が、二人の交流のはじまりとなった。これ以降、お互いに「吟遊詩人」と呼び合う二人の交友は、サンドがこの世を去る1876年まで続いた。

6月のノアン。そぼ降る雨の中でおこなわれたサンドの葬儀の日、棺が目の前を通ったとき、フロベールが号泣したことは、よく知られている。


Réécouter Gustave Flaubert, George Sand : correspondance (1/5) : Episode 1
24 MIN
Gustave Flaubert, George Sand : correspondance (1/5)
Episode 1
https://www.franceculture.fr/emissions/fictions-le-feuilleton/gustave-flaubert-george-sand-correspondance-15-episode-1



映画『ボヴァリー夫人』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=RTiRNU8kI30






コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« HP: Association Les Amis de... | トップ | ヴィクトル・ユゴーがジョル... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

手帳・覚え書き」カテゴリの最新記事