西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
本ブログ記事の無断転載および無断引用をお断りします。
 

国際シンポジウム 世界文学の可能性、日仏翻訳の遠近法

2018年03月31日 | 手帳・覚え書き
国際シンポジウム
世界文学の可能性、日仏翻訳の遠近法
日仏同時通訳あり

使用言語:フランス語 (同時通訳付き)
[facebook][twitter]
日時: 2018年04月13日(金) 16:00〜19:00
場所: 1階ホール
講演者: ベルナール・バヌン(パリ・ソルボンヌ大学)、堀江敏幸(作家、早稲田大学)、エマニュエル・ロズラン(フランス国立東洋言語文化大学)、多和田葉子(作家)、吉川一義(京都大学名誉教授)


 19世紀終わりから、日本では海外文化の発見とその摂取という文脈で、フランス文学やフランスの思想が大量に翻訳され、また近年は新訳も盛んになされている。一方、フランスでも、1980年代から、日本文学の主要な著作が体系的に翻訳されるようになった。本シンポジウムでは、フランスと日本のみならず、他の領域からも広く翻訳者、作家、研究者を迎え、様々な対話をとおして、グローバルな観点から、翻訳史に見られる不均衡と接点を検討したい。現況の分析を踏まえた上で、日仏翻訳の歴史を20、21世紀の世界文学の中に位置付けることを目指す。文学は人類の文化遺産だが、常に変遷しているからだ。
 また、世界の言語や文化がもっとも濃密に交差する場所で活躍中の作家、多和田葉子氏、水村美苗氏、堀江俊幸氏を迎えて、お話をうかがう。

プログラム
司会:坂井セシル、澤田直
16時 – 16時15分 イントロダクション

16 時15分 – 17時 基調講演
「『フランス語翻訳史』:企画、方法、展望をめぐって」
ベルナール・バヌン(ソルボンヌ大学)

17時 – 17時55分 傑作の翻訳
「正岡子規の『病状六尺』—欄外文学を翻訳する」
エマニュエル・ロズラン(フランス国立東洋言語文化大学)

「プルーストはいかに翻訳するのか?」
吉川一義(京都大学)

18時 –  19時 基調対談:文学と翻訳
司会:アンヌ・バヤール=坂井(フランス国立東洋言語文化大学)
多和田葉子(作家)、堀江俊幸(作家、早稲田大学)

【主催】日仏会館・フランス国立日本研究所、公益財団法人日仏会館
【助成】小西国際交流財団
【協力】在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、アンスティチュ・フランセ・パリ、立教大学、フランス大学学院、ソルボンヌ大学Reigenn、東アジア文化研究所CRCAO

2018年04月14日(土) 10:00~19:00
場所: 1階ホール
講演者: ベルナール・バヌン(パリ・ソルボンヌ大学)、アンヌ・バヤール=坂井(フランス国立東洋言語文化大学)、マチュー・カペル(日仏会館・フランス国立日本研究所)、パトリック・ドゥヴォス(東京大学)、平岡敦(翻訳家)、堀江敏幸(作家、早稲田大学)、ジャック・レヴィ(明治学院大学)、エマニュエル・ロズラン(フランス国立東洋言語文化大学)、宮下志朗(放送大学)、水村美苗(作家)、中地義和(東京大学)、沼野充義(東京大学)、野崎歓(東京大学)、ドミニク・パルメ(翻訳家)、多和田葉子(作家)、澤田直(立教大学)、坂井セシル(日仏会館・フランス国立日本研究所)、島田和俊(河出書房)、ダニエル・ストリューヴ(パリ・ディドロ大学)、吉川一義(京都大学名誉教授)
プログラム
司会:中川成美(立命館大学)

10時-11時 古典の翻訳  
「西鶴の文体を翻訳する」
ダニエル・ストリューヴ(パリ・ディドロ大学)

「新訳の必要性 — ラブレーの場合」
宮下志朗(放送大学)

11時-12時 詩歌の翻訳
「大岡信と谷川俊太郎の詩における言葉遊び:翻訳家の挑戦」
ドミニク・パルメ(翻訳家)

「詩を訳す:忠実さと創意」
中地義和(東京大学)

12時-13時
昼食

13時-14時 討議1:新訳の時代と翻訳出版事情
司会:コリーヌ・カンタン(フランス著作権事務所)
エマニュエル・ロズラン、島田和俊(河出書房)

14時-16時  ジャンルの翻訳
司会:ミリアン・ダルトア=赤穂(翻訳家)

「二流文学、二流翻訳、二流読者? 娯楽小説の場合」
アンヌ・バヤール=坂井

「大衆文学の翻訳:ガストン・ルルー、モーリス・ルブランほか」
平岡敦(翻訳家)

「演劇翻訳」
パトリック・ドゥヴォス(東京大学)

「映像のような言葉-可視化された字幕のために」
マチュー・カペル(日仏会館・フランス国立日本研究所)

16時-16時30分 休憩  

16時30-17時25分 差異の翻訳
司会:篠田勝英(白百合女子大学)

「翻訳と他者性の痕跡」
ジャック・レヴィ(明治学院大学)

「開く、閉じる-差異について 」
澤田直 (立教大学)

17時30分-19時 討議2:世界文学と翻訳、残るものとその可能性
司会:坂井セシル
水村美苗(作家)、野崎歓(東京大学)、沼野充儀(東京大学)

19時 閉会の辞:澤田直

【司会】ミリアン・ダルトア=赤穂(翻訳家)、中川成美(立命館大学)、コリーヌ・カンタン(フランス著作権事務所)、篠田勝英(白百合女子大学)

【主催】日仏会館・フランス国立日本研究所、公益財団法人日仏会館
【助成】小西国際交流財団
【協力】在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、アンスティチュ・フランセ・パリ、立教大学、フランス大学学院、ソルボンヌ大学Reigenn、東アジア文化研究所CRCAO


満員御礼につき、残念ながら、申し込みは終了のようです。
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三矢直生『ジョルジュサンド~ショパンへの手紙』

2018年03月30日 | 手帳・覚え書き

2018年5月6日(日)16時開演 東京芸術劇場再演決定!

ショパンの恋人でも有り、自身の子供の為、女性の解放の為、男装して活躍したジョルジュサンドの物語。


https://www.youtube.com/watch?v=v0HrdpJGfs4
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文献

2018年03月30日 | 手帳・覚え書き



Denis C. Meyer, 北村 卓, 足立和彦, 林千宏, 倉方 健作, 『フランスを読み解く鍵 第3巻』, アシェット・ジャポン, 2017.04.

石橋正孝, 倉方 健作, 『あらゆる文士は娼婦である 19世紀フランスの出版人と作家たち』, 白水社, 2016.10.

田村 毅, 鈴木 雅生, 福島 勲, 倉方 健作, 滝沢 明子, 福田 美雪, 『フランス文化読本』, 丸善出版, 2014.09.

鹿島 茂, 倉方 健作, 『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』, 白水社, 2013.05.





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バルザック関連近刊書

2018年03月29日 | 手帳・覚え書き


『バルザック愛の葛藤・夢魔小説選集④ 老嬢』
水声社、2017年。

[収録作品]
『老嬢』私市保彦訳
『ボエームの王』片桐祐訳
『コルネリュス卿』私市保彦訳
『二つの夢』私市保彦訳.

アランソンで一大サロンを築くコルモン嬢をめぐり、水面下で婿の座争いが起こる。老嬢を射止めるのは文なしの老騎士か、中産階級の商人か、貧しく純情な青年か? コミカルな表題作ほか、「ボエームの王」「コルネリュス卿」「二つの夢」の四篇。


『バルザック王国の裏庭から―『リュジェリーの秘密』と他の作品集』
宇多直久編訳、春風社、2017年。

バルザックの歴史小説で哲学研究『リュジェリーの秘密』(『カトリーヌ・ド・メディシス』の第三部。
1836年作品)の新訳と、この小説に至るいくつかの私信、小品(「石のダンス」「パリだより第十一信」「物乞うひと」「パリからジャワへの旅」抄、「神の木鐸たち」など)を執筆順に収録する。巻末に当時のパリ街路事典、歴史的登場人物の紹介を併載した。


『バルザックの文学とジェンダー ―女性作家との比較から分かること』
東辰之介著、春風社、2017年。 347頁

バルザックはフェミニスト、それともアンチ・フェミニスト? 
同時代の女性作家の作品と比較検討することにより、男性作家だけを読んでいては捉え難い文学の豊かさの総体に迫る。

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アラン・コルバン監修『男らしさの歴史』全3巻

2018年03月28日 | 手帳・覚え書き


『男らしさの歴史1 男らしさの創出 〔古代から啓蒙時代まで〕』アラン・コルバン (監修,集編), ジャン=ジャック・クルティーヌ (監修), ジョルジュ・ヴィガレロ (監修)
(男らしさの歴史(全3巻)) 単行本 – 2016/11/26

日本の読者へ アラン・コルバン(小倉孝誠訳)
序文 アラン・コルバン/ジャン=ジャック・クルティーヌ/ジョルジュ・ヴィガレロ(小倉孝誠訳)

第I巻序文 男らしさ、古代から近代まで ジョルジュ・ヴィガレロ(鷲見洋一訳)

第I部 古代ギリシア人にとっての男らしさ モーリス・サルトル(後平澪子訳)

第II部 古代ローマ人にとっての男らしさ――男(ウィル)、男らしさ(ウィリリタス)、美徳(ウィルトゥス) ジャン=ポール・チュイリエ(後平澪子訳)

第III部 蛮族の世界――男らしさの混合と変容 ブリュノ・デュメジル(小川直之訳)

第IV部 中世、力、血 クロード・トマセ(小川直之訳)

第V部 近代世界、絶対的男らしさ (十六―十八世紀)
近代的男らしさ 確信と問題 ジョルジュ・ヴィガレロ(寺田元一訳)
第1章 男らしさとそれにとって「異他なるもの」――逆説的な男性性の描像 ローレンス・D・クリツマン(寺田元一訳)
第2章 僧侶の男らしさ ジャン=マリ・ルガル(寺田元一訳)
第3章 男の熱さ ヨーロッパの男らしさと医学思想 ラファエル・マンドレシ(寺田元一訳)
第4章 ルイ十四世もしくは絶対的男らしさ? スタニス・ペレーズ(片木智年訳)
第5章 戦士から軍人へ エルヴェ・ドレヴィヨン(片木智年訳)
第6章 曖昧なジャンルと演劇的実験 クリスティアン・ビエ(片木智年訳)
第7章 絵画の証言 ナダイェ・ラナイリー=ダーヘン(篠原洋治訳)
第8章 発見された大地の男らしさと未開人 ジョルジュ・ヴィガレロ(篠原洋治訳)

第VI部 啓蒙と不安な男らしさ
第1章 民衆の男らしささまざま アルレット・ファルジュ(鷲見洋一訳)
第2章 エクササイズの遊戯、娯楽と男らしさ エリザベト・ベルマス(鷲見洋一訳)
第3章 フィクションの男たち ミシェル・ドロン(鷲見洋一訳)


原注
監訳者解説(鷲見洋一)

出版社からのコメント
ギリシア語の「アンドレイア」は、戦争、武勇、性の支配などという含意も含めて、格付けのための枠組をなしている。たとえば、ただの男ではなく、もっとも「価値」ある男を、男性という性を代表する者ではなく、男らしさというものをこの上なく見事に、段違いに代表している者のことなのである。
モデルは時代を超えて存続する。長期にわたって戦闘訓練を受け、闘争能力こそわが身の誉れと心得るスパルタの若者と、おなじように長いこと訓練を受け、決闘に勝利してこそ名を成せると信じる若い中世の騎士との間には、遠い係累を考えられるかも知れないのだ。力と支配にかかわるコードを事細かに覚えて身に付けることは、長いこと、男として一人前になるための最初の指標であった。
(「第I巻序文」より)

男らしさは古くからの伝統を刻印されている。それは単に男性的であるということではなく、男性の本質そのものであり、男性の最も完全な部分ではないにしても、その最も「高貴な」部分を指す。男らしさとは徳であり、完成ということになる。
フランス語の男らしさvirilitéという語の由来になっているローマ時代のvirilitasは、「精力的な」夫という明瞭に定義された性的特質を有しており、いまだに規範であり続けている。精力的な夫とは体が頑強で生殖能力が高いというだけでなく、同時に冷静で、たくましくてかつ慎み深く、勇敢でかつ節度ある夫という意味である。
それは力強さと徳の理想、自信と成熟、確信と支配力を示す。男は挑戦するものだという伝統的な状況がそこから生まれる。男は「自己制御」と同じくらい「完璧さ」や優越性を目指さなければならない。そしてまた性的影響力と心理的影響力が結びつき、肉体的な力と精神的な力が結びつき、腕力とたくましさが勇気や「偉大さ」を伴う、というように多くの長所が交錯している。
(「序文」より)


『男らしさの歴史 II 男らしさの勝利 〔19世紀〕』 (男らしさの歴史(全3巻)) 単行本 – 2017/3/23

日本の読者へ アラン・コルバン(小倉孝誠訳)
序文 アラン・コルバン/ジャン=ジャック・クルティーヌ/ジョルジュ・ヴィガレロ(小倉孝誠訳)
第II巻序文 アラン・コルバン(小倉孝誠訳)

第I部 自然主義をとおして見た男らしさ アラン・コルバン(小倉孝誠訳)

第II部 男らしさの規範――教化の制度と方法
第1章 「男らしさへの旅」としての子ども時代 イヴァン・ジャブロンカ(和田光昌訳)
I 男らしさの規範
II 身体で覚えさせられる男らしさ
III 性を浄化する

第2章 軍隊と男らしさの証明 ジャン=ポール・ベルトー(真野倫平訳)
I 「ひと皮剥ける」
II 暴力の教育
III 身体の訓練、魂の苦痛
IV 軍人の男らしさと性
V 男らしさと連帯精神

第III部 男らしさを誇示する絶好の機会
第1章 決闘、そして男らしさの名誉を守ること フランソワ・ギエ(和田光昌訳)
I 決闘の根源にある名誉
II 対決の主役となるものたち
III 決闘の儀式と慣習
IV 決闘の変容

第2章 性的エネルギーを示す必然性 アラン・コルバン(小倉孝誠訳)

第IV部 男らしさの表象の社会的変動
第1章 軍人の男らしさ ジャン=ポール・ベルトー(真野倫平訳)
I 哲学者軍人と農民兵士
II 市民兵士と有徳な軍人
III 名誉、栄光、男らしさ
IV 兵士たちの言葉と世紀病
V 植民地軍人の男らしさ
VI 軍人の男らしさが議論の的になる
VII 軍人の男らしさと国民の再生

第2章 労働者の男らしさ ミシェル・ピジュネ(寺田光德訳)
I 予備調査
II どのような男らしさか?
III 労働における男らしさ
IV 仕事を越えて、労働者の男らしさを表現する三領域

第3章 カトリック司祭の男らしさ――確かにあるのか、疑わしいのか? ポール・エリオー(和田光昌訳)
I 男らしさの特別な養成
II 規範を求めて
III 異議を唱えられる規範
IV 女―司祭?
V 時代の要請

第4章 スポーツの挑戦と男らしさの体験 アンドレ・ローシュ(寺田光德訳)
I 挑戦試合、貴族的風習の遺物?
II 決闘を規制し判定する
III 未完の男性
IV 進行中の記憶
V 助け合い、鍛え合い、つかみ合う
VI 強い男たちのための場所
VII 退化に抗して闘う
VIII 文化に挑む自然
IX 時代を制御し支配する

第V部 男らしさを訓練する異国の舞台
第1章 旅の男らしい価値 シルヴァン・ヴネール(寺田寅彦訳)
I 男の交通
II 重々しい物語
III 男になること

第2章 十八世紀終わりから第一次世界大戦までの植民地状況における男らしさ クリステル・タロー(寺田寅彦訳)
I 男らしい植民地化――軍事征服と「活用」
II 「現地人」の男らしさの去勢

第VI部 男らしさという重荷
第1章 男らしさの要請、不安と苦悩の源 アラン・コルバン(小倉孝誠訳)

第2章 同性愛と男らしさ レジス・ルヴナン(寺田寅彦訳)
I 医学と同性愛――女性化と男性同性愛との混同の出現
II 文学と同性愛――問題となる男らしさ
III 女っぽい振舞――当局にとってのすべての同性愛文化の共通項目?
IV 同性愛者が男らしいことはありうるか?   同性愛者の発言

結論 第一次世界大戦と男らしさの歴史 ステファヌ・オードワン=ルゾー(小倉孝誠訳)

原注
監訳者解説(小倉孝誠)

出版社からのコメント
■「男らしさの勝利」という副題をもつ本巻は、全体としてみれば、十九世紀という革命後の転換期、民主化と産業革命の時代に男らしさがどのように涵養され、教えこまれたか、そうして獲得された男らしさは、いかなる機会と空間において発揮されることが期待されていたか、そして社会集団によって男らしさがどのように差異化されていたかを論じている。
■各巻をつうじて明瞭になるのは、男らしさの規範が時代によって変遷してきたこと、男らしさという一見普遍的な価値観が、歴史をつうじて何度も「危機」にさらされ、解体の淵にまで追い込まれ、そして新たな社会と文化の基盤のうえで刷新された形で再生してきたということである。危機と再生と変貌――それが男らしさの歴史を特徴づける。
(監訳者・小倉孝誠)

■十九世紀は、男らしさの美徳が最大限に影響力をふるった時代である。
■当初は、ごく幼い頃から男子に教えこまれる規範が普及していく。勇気、さらには英雄主義、祖国のための自己犠牲、栄光の探求、挑戦は何であれ受けて立つべきだという態度が男性たちに課される。そして法体系は家族内の男の権威を強化した。
■その後、生理学者たちがこの価値体系の確立に寄与する。男というのは精力的に活動し、発展し、社会闘争に参加し、支配するよう運命づけられているのだ、と通達し、夫婦の性的交わりは激しくあるべきだと推奨する。
■卑怯者、臆病者、意気地なし、性的不能者、同性愛者はかつてないほど軽蔑の対象になる。中等学校、寄宿舎、神学校、歌謡団体が集う地下酒場、娼家、衛兵詰所、フェンシング道場、喫煙室、数多くの作業場や酒場、さらには政治集会や狩猟協会など男たちだけが集う場所が増える。これらはすべて、男らしい男の特徴を教示し、それが開花するための舞台にほかならない。至るところで、男が前面に押し出される。集団であれば、喚き散らし、酒に強いことが男らしさの共有につながる。
(「第II巻序文」より)


『男らしさの歴史 III 〔男らしさの危機? 20-21世紀〕』
(男らしさの歴史(全3巻)) 単行本 – 2017/8/25
アラン・コルバン (監修), ジャン=ジャック・クルティーヌ (監修, 編集), & 鷲見 洋一(翻訳), 小倉 孝誠 (翻訳), 岑村 傑 (翻訳)

内容紹介
「男らしさ」はどのように変遷してきたのか? シリーズ完結!!
20-21世紀に入ると、「男らしさ」を永続させる強力な装置や場、そしてそれらを補完する虚構は依然存在するものの、科学技術の発展とその言説によって「男らしさ」は弱体化され、境界が曖昧になる。その不安が、いびつな「男らしさ」の発現へと駆り立ててゆく。

内容(「BOOK」データベースより)
好評を博した『身体の歴史』(全3巻)の第2弾!男らしさは死滅していない!男らしさの歴史は男性の歴史ではない。欧米の第一線の歴史家が、さまざまな角度から、この100年余の「男らしさ」を究明した問題作。



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ソランジュの電報

2018年03月27日 | 手帳・覚え書き


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ソランジュの手紙 2

2018年03月27日 | 手帳・覚え書き





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フランス、19世紀、文化

2018年03月26日 | 参考文献




Denis C. Meyer, 北村 卓, 足立和彦, 林千宏, 倉方 健作, 『フランスを読み解く鍵 第3巻』, アシェット・ジャポン, 2017.04.

石橋正孝, 倉方 健作, 『あらゆる文士は娼婦である 19世紀フランスの出版人と作家たち』, 白水社, 2016.10.

田村 毅, 鈴木 雅生, 福島 勲, 倉方 健作, 滝沢 明子, 福田 美雪, 『フランス文化読本』, 丸善出版, 2014.09.

鹿島 茂, 倉方 健作, 『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』, 白水社, 2013.05.

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仏・ジャーナリズムの歴史/日本では・・・

2018年03月25日 | 手帳・覚え書き



Si l’on considère La Gazette de Théophraste Renaudot fondée en 1631 comme le premier journal français, c’est avec Le Journal de Paris que s’ouvre en 1777 l’ère de la presse d’information.

1789 instaure la liberté de la presse. Les feuilles éclosent en nombre (Le Père Duchesne, L’Ami du Peuple…) avant d’être à nouveau réprimées.

Le combat contre la censure agite tout le XIXe siècle qui s’achève par un « âge d’or de la presse » à la faveur de la Loi sur la liberté de la presse de 1881.
Dès 1836, les formules novatrices du Siècle et de La Presse ouvrent la marche de cet essor. Les titres généralistes retranscrivent les partitions politiques et alimentent le débat.

La presse satirique (Le Charivari, Le Journal pour rire …) se développe également qui à travers caricatures et portraits-charges dénonce le pouvoir et s’attache par l’humour un public fidèle. Plus étoffées que les journaux et d’une périodicité moindre, des publications prestigieuses (La Revue des deux mondes, La Revue de Paris) ou émanant de sociétés savantes parfois locales reflètent quant à elles l’intérêt croissant de l’époque pour les sciences, les arts et les lettres.

D’abord peu présente, l’image gagne les colonnes des journaux et celles de leurs suppléments illustrés pour capter un lectorat croissant. Des titres féminins (La Femme, Femina…), sportifs (La Pédale, Match…) ou enfantins (La Semaine des enfants…) sont également créés.

« La civilisation du journal » ne se cantonne pas à Paris mais touche aussi la province (L’Indépendant du Berry, L’Ouest-Eclair…) et les colonies (Le Courrier de Tlemcen, La Petite Tunisie, L’Etoile de l’A.E.F…). La figure du grand reporter apparaît.

Le sortir de la Première guerre mondiale qui a vu fleurir les journaux de tranchées marque un premier ralentissement malgré le succès de Paris-Soir, le dynamisme de certains hebdomadaires politiques ou littéraires (Gringoire, Marianne, Regards…) ou le renforcement de la presse magazine. La défaite de 1940 puis l’Occupation marquent douloureusement la fin de cette période. Certains titres collaborent, d’autres se sabordent tandis que la Résistance diffuse ses idées à travers une presse clandestine (Combat, Défense de la France…).

http://gallica.bnf.fr/html/und/presse-et-revues/presse-et-revues


日本では、江戸時代、瓦版が天変地異や大火、心中など時事性の高いニュースを速報性を以って伝えた。
街頭で読みながら売ったことから「読売」とも言った。:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%93%A6%E7%89%88


原版の材料が木ではなく、「瓦」と同じ粘土だったため、「瓦版」と呼ばれた。
実は、約265年も続いた江戸時代において、かわら版と呼ばれる印刷物が存在したのは、わずか5年ほどのことで、かわら版という呼称が歴史上初めて現われたのは、江戸時代が終わる4円ほど前の1863(文久3)年のことであった。
江戸時代のほとんどの期間、「かわら版と呼ぶ印刷物」は、「読売」「一枚刷り」など。異なった名称で呼ばれていた。


参照:マスコミの原点? 江戸庶民が大熱狂した「かわら版」とはどんなもの?
https://thepage.jp/detail/20161017-00000007-wordleaf?page=2

画像は「瓦版」を売る売り子


『江戸時代新聞』 大石 学 (編集)
大型本: 223ページ
出版社: 小学館 (2003/08)
言語: 日本語



その他、参考文献:

今田洋三 『江戸の本屋さん 近世文化史の側面』〈平凡社ライブラリー685〉 平凡社、2009年 (初版は〈NHKブックス299〉日本放送出版協会,1977年)
鈴木敏夫 『江戸の本屋 下』〈中公新書571〉 中央公論社、1980年
長友千代治 『江戸時代の図書流通』〈佛教大学鷹陵文化叢書7〉 思文閣出版、2002年
鈴木俊幸 『増補改訂近世書籍研究文献目録』 ぺりかん社、2007年 (本書出版以降の文献目録は、同氏編の『書籍文化史』で継続されている)
中野三敏 『書誌学談義 江戸の板本』〈岩波人文書セレクション〉 岩波書店、2010年
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Gallica : George Sand et la presse

2018年03月24日 | 手帳・覚え書き



BNF François-Mitterrand, 15 mars 2018, cycle « Les écrivains et la presse »
séance G. Sand, 18h30-20h00 Salle 70

Marie-Eve Thérenty et Jean Rime

LES ÉCRIVAINS ET LA PRESSE
3 12 FÉVRIER 2018CLÉLIA GUILLEMOT

George Sand (1804-1876), femme de lettres indépendante, a vécu de sa plume et a entretenu, dès le début de sa carrière, une relation étroite avec la presse. Elle y a publié une grande partie de ses romans en feuilleton, a écrit de nombreux articles sur la politique, l'art, la littérature.

Elle a elle-même fondé, ou participé à la fondation de journaux. Malgré une certaine méfiance envers le journalisme, elle défend la liberté de la presse, notamment dans la préface à l’édition de 1842 d’Indiana.







A partir de 1831, Sand publie des articles dans le Figaro pour la rubrique « Bigarrures » et dans la Revue de Paris (La Marquise, décembre 1832). Le personnage intrigue : « qui est-il ou qui est-elle ? » s’interroge La Mode dans son article du 5 juillet 1835.

En 1832 son roman Melchior paraît dans la Revue de Paris. Elle signe un contrat avec la Revue des deux mondes pour des publications régulières. Elle y publie les Lettres d’un voyageur d’avril 1834 à novembre 1836. La presse s’empare du personnage. Elle devient le parangon de la femme indépendante et sera l’objet de nombreuses caricatures.

Les années engagées
George Sand crée La Revue indépendante en novembre 1841 avec son ami Pierre Leroux et Louis Viardot. Elle y publie le premier chapitre de son roman Horace et un article sur la poésie populaire. Consuelo y paraît en feuilleton à partir de février 1842.
Elle utilise désormais la presse de manière engagée, en parallèle à la parution en feuilleton de son œuvre littéraire, notamment en militant pour l’éducation des paysans et des femmes. En 1843 elle prend la défense de Fanchette (septembre-décembre), une adolescente handicapée mentale, abandonnée dans la campagne suivant l'ordre de la supérieure de l'hospice de La Châtre, puis violée par des vagabonds. Elle crée un journal d’opposition hebdomadaire L’Eclaireur : journal des départements de l’Indre, du Cher et de la Creuse, le 1er septembre 1844. Il cesse de paraître le 22 juillet 1848 lors de la révolution. La Revue indépendante avait cessé sa parution en février de la même année. Elle a un rôle actif pendant la révolution de 1848 et l’avènement de la République. Elle rédige des brochures populaires et fonde La Cause du peuple le 9 avril 1848 qui ne comptera que 3 numéros. L’année 1848 constitue l’apogée de sa carrière journalistique. Déçue par la politique sa production va ensuite se réduire pour redémarrer en 1851.

La maturité
Sand revient à une œuvre plus personnelle : critique littéraire, lettres, reportages. Son autobiographie Histoire de ma vie commence à paraître dans La Presse le 5 octobre 1854. Elle y rédige des critiques d’art, notamment sur Delacroix les 12 et 13 juillet 1855. Elle publie, également dans La Presse à partir du 24 juin 1856 une série intitulée « Autour de la table ». Dans la Revue des deux mondes, elle écrit des articles sur l’art comme « La vierge à la chaise de Raphaël » (15 mars 1863). Elle continue à y publier son œuvre littéraire en feuilleton : un roman Tamaris (1862), des récits Ce que dit le ruisseau (septembre 1863) et des contes pour enfants Les Ailes de courage (décembre 1873). A partir de mars 1871 elle publie dans la même revue le Journal d’un voyageur pendant la guerre où elle raconte son expérience personnelle et livre les réflexions que lui inspire la guerre de 1870. Du 22 août 1871 jusqu’à sa mort elle publie dans Le Temps une série intitulée « Impressions et souvenirs ». Les premiers sont parus sous le titre Rêveries et souvenirs. Son dernier texte sur un livre de Renan qui clôt la série des « Impressions et souvenirs » est publié le 16 juin 1876 quelques jours après sa mort.


Quelques années après sa disparition, Le Monde illustré du 16 août 1884 lui consacre un dossier. On peut y voir en couverture la photographie de sa statue inaugurée le 10 août de la même année.

http://www.amisdegeorgesand.info



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