西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
本ブログ記事の無断転載および無断引用をお断りします。
 

「語る術(すべ)をもたない者こそ、物語を抱えている」

2012年12月31日 | 文学一般 国内



皆さま、今年もいよいよ終わりが近づいてきました。
ご訪問に深く感謝申し上げます。
どうぞよい年をお迎えくださいますよう。


毎日新聞 2012年12月17日 東京夕刊より

<重里徹也選 今年の5作>

 ■赤坂真理『東京プリズン』(河出書房新社)

 ■三木卓『K』(講談社)

 ■宮本輝『水のかたち』上・下(集英社)

 ■小川洋子『ことり』(朝日新聞出版)

 ■松家仁之『火山のふもとで』(新潮社)

<棚部秀行選 今年の5作>

 ■赤坂真理『東京プリズン』(河出書房新社)

 ■水村美苗『母の遺産』(中央公論新社)

 ■高村薫『冷血』上・下(毎日新聞社)

 ■平野啓一郎『空白を満たしなさい』(講談社)

 ■柳美里『自殺の国』(河出書房新社)

http://mainichi.jp/feature/news/20121217dde018040118000c.html
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プラトンの哲学 

2012年12月30日 | サンド研究


サンドとフロベールにおける数少ない共通項の一つであるプラトンの思想についての覚え書きです。


プラトンはスケールの大きな抱擁力のある人といえる。強靱な鉄の意志にも恵まれていたであろう。
ねばり強い探求力がつねに求めて止まないプラトンを支えている。
観念の発見は、知識の対象への洞察力によるだけではない。かれが真理の旅人となりえたのは、そのことにもよる。
『プラトン』中野幸次著、清水書院、1995(25刷)p123

イデアリスムスとマテリアリスムスは、ギリシャ哲学の二大潮流となって近代に流れ込んだのである。
イデアリスムスは、プラトニズムの名のもとに、中世千年の歴史の根底となった。
それはキリスト教の教義と まったく反するものではなかったからである。しかし、マテリアリスムスは、中世千年の歴史を、
眠るがごとくいきつづけて、近代の覚醒に警鐘を鳴らすことになるのである。イデアはプラトンのよってたつ根底であった。
・・・かれはついに、ニヒリストになれない哲学者であった。したがって、すべての点において、きらめく星座を愛しうる人間であった。
かれは、そこに、現実のポリスを、ポリティア(理想国)を仕上げる情熱を忘れることはできない。・・・プラトンの理想国は挫折に終わった。
しかし、その国家論は不滅であろう。
同書、p128 

教育は「転向の術」なのである。だからもし魂のうちに知識がないなら、まるで盲の目に視覚を入れてやるように、自分たちがそれを入れてやるというようなものではない。
教育とはどうすれば、容易にかつ有効に、その器官が向きを変えさせうるかについての転向の術であろう。
つまり、見ることをつくりこむのではなくて、むしろ、それをもってはいるが、正しい方向に向けられてもいず、見るべきところを見ていないものとして、そうするように手段をつくしてやる術であろう。
同書、pp.135-136


人間の類は三つある。

その第一は愛知的なものである。
第二は愛勝的なものである。
第三は愛利的なものである。

愛知的な快楽は、人間が学ぶのに用いる。
愛勝的なものは、怒るのに用いる。
愛利的なものは極めて種類が多い。すなわち、食物、飲み物、性などの欲望の満足としての快楽である。
この欲望は、金銭によってもっとも多く満たされる。お金は利益の追求によって得られるから、それにやっきとなる人は愛利的な人である。
ただ、名誉や栄誉にひきずられる人は、愛勝的な人である。

オリンピアの競技場にくる人間にも、三つの種類がある。

その第一はものを売って利益を追求するクラスである。
その第二は競技者で、栄誉を追求するクラスである。
その第三は、ただ見ることを愛好するクラスである。この第三のクラスが愛知的な人間である。
このクラスは真実がどうであるかを知る快楽を大切にする。学びながら、真実を知る活動にしたがうことが快楽なのである。

利益を求めるクラスや名誉を求めるクラスとこの愛知的なクラスとを比べてみると相当な開きがある。
愛知的なクラスは、愛知以外の快楽は、その必要さえなければ、どれ一つ要求しない。だから本当に必要やむを得ない場合にのみ求むべきだと心得ている。


同書 p140



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" Pourquoi faut-il qu'une femme soit ignorante ?

2012年12月29日 | サンド研究


" Pourquoi faut-il qu'une femme soit ignorante ?
Ne peut-elle être instruite sans s'en prévaloir et sans être pédante ?
A supposer que j'eusse un jour des fils, et que j'eusse retiré assez de fruits de mes études pour les instruire, croyez-vous que les leçons d'une mère ne valent pas celles d'un précepteur ?
Mais pour en venir là il faut être mariée et je ne trouverai, dites-vous, qu'un géant ou un poltron, en ce cas il se pourrait bien faire que je ne fusse point mariée, car je ne crois plus aux géants et je n'aime pas les poltrons."

( George Sand à sa mère - Nohant - 18 novembre 1821-)
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アミド・モカデム講演会

2012年12月28日 | サンド研究

アミド・モカデム講演会
| by:広報委員会
 2012年12月27日、東京大学駒場キャンパスにてアミド・モカデム氏の講演会がひらかれます。みなさまふるってご参加ください。

演題:邦の名前ーニューカレドニアの現代文学を巡って
日時:2012年12月27日16時~18時
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階
   コラボレーション・ルーム1
逐次通訳つき
事前予約不要

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"Les amours de l'âge d'or"

2012年12月28日 | サンド研究


以下は覚え書きです。

‎" Pourtant, il y avait déjà de la poésie chez ces premiers hommes, car leur imagination, sans être vive, était impressionnable, et leur ignorance, n’expliquant rien, acceptait les choses merveilleuses de la nature par la faculté de la "merveillosité", organe très développé chez l'homme de tous les temps, et, pour le dire en passant, une de ses facultés les plus caractéristiques. Et pourquoi ne dirions-nous pas une des plus belles ? ... Ne sachant pas les définir par un examen raisonné, elle les constate et les décrit par leur côté fantastique."

( George Sand - "Les amours de l'âge d'or" -)  http://www02.us.archive.org/stream/lesamoursdelaged00sand/lesamoursdelaged00sand_djvu.txt


プラトン  想起説は魂の不滅論とつながっている。
ソクラテスが聖職についているある男達や女たちから聞いた話:
魂は不死であり、死にあたってそれは他の世界へと立ち去るのである。したがって、魂はこの世の物事も来世の物事もすべて見てとっているのであるから、あらゆる事物の知識を所有しているが、生まれるときに、この知識は忘れ去られるのである。だからわれわれが学ぶといっているものはすべて、実際には「想起」にほかならず、しかもあらゆる事物はある意味で相互に同類的であるがゆえに、何か一つのものついて想起すれば、他の多くの事物、いやあらゆる事物についての記憶も当然、よみがえるであろう。

R.S.ブラック著、内山勝訳、『プラトン入門』岩波文庫、1995年(第5刷)、p113

<深奥の真理を追い続けたプラトン>
紀元前427年 アテナイ生まれ
先人のソクラテスに学び、各地を遍歴後、アテナイで私塾アカデミイアを設立。
シチリアなどで現実に政治を指導した。哲学者が政治家となるべきだと主張。
感覚で推知できるものの彼方にはイデアが実在する。

イデアの追求こそが哲学の原点。
イデアに憧れる愛を至上のものと称揚。
後世にもネオプラトニスムとなって追尾された。

西欧の思想の歴史は、プラトンに付した長大な注釈にすぎないと論ずる人がいるほどだ。
この哲学者は、いつも羨望の的である。

「欧文異聞」 樺山紘一  日経新聞 2012年12月23日より

 
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"La marginalité dans l'oeuvre de George Sand"

2012年12月27日 | サンド研究


新刊書のお知らせです。すでに10月に刊行されていたのですが・・・
PUで買い求められる方は、クリスマス・年末休暇のため、購入は1月2日以降になさった方がよさそうです。

La marginalité dans l'oeuvre de George Sand [French] [Paperback]
Pascale Auraix-Jonchière (Author), Simone Bernard-Griffiths (Author), Marie-Cécile Levet (Author), Collectif (Author)

Publisher: Pu Blaise Pascal (13 Oct 2012)
Language: French
ISBN-10: 2845165943
ISBN-13: 978-2845165946
Product Dimensions: 23 x 14.6 x 2.4 cm

La Marginalité
dans l'oeuvre de George Sand
Collectif
Livre broché - 27,00 € 25,65 € Économisez 1,35 € (5 %)

http://www.lcdpu.fr/livre/?GCOI=27000100902930

Nous sommes en inventaire du vendredi 21 décembre 2012 au 2 janvier 2013. Pendant cette période, aucune commande ne sera servie. Nous vous enverrons votre commande à partir du 3 janvier, en fonction de leur ordre d'arrivée. Nous vous prions de nous excuser pour la gêne occasionnée. Toute l'équipe du Comptoir des presses d'universités vous souhaite de très heureuses fêtes.

ーーー
L'analyse de la notion de marginalité dans l'œuvre de George Sand est au cœur de cet ouvrage. Cette étude inédite démontre que Sand n'a pas cessé d'explorer dans ses écrits ce qui était à la marge de la société, de l'Histoire, des genres littéraires.

Cet ouvrage se propose de démontrer un aspect inédit et pourtant fondamental dans l'œuvre sandienne : la notion de marginalité. Car si l'on peut qualifier de marginal la vie même de George Sand, on peut tout aussi bien affirmer qu'elle essaime cette notion dans toute son œuvre littéraire. Les travaux des vingt-neuf chercheurs présents dévoilent en effet de multiples façons d’envisager la marginalité comme moyen de contester l’ordre social et politique, notamment lorsque celle-ci s’exprime dans un érotisme subversif ou dans la condition sociale d’un personnage. Plus subtilement, Sand explore ce qui est à la marge dans l’Histoire ou dans la psychologie des personnages avec, par exemple, l’incarnation de la rupture psychologique dans le changement brutal de spatialité. Sans oublier enfin, la construction d’une véritable poétique de la marge, à travers les multiples genres littéraires que l’auteure de Mauprat a utilisé, et grâce à laquelle elle a pu porter la revendication récurrente d’une autonomie de l’écriture refusant toute classification.

Édition Première édition
Éditeur Presses universitaires Blaise Pascal, Clermont-Ferrand
Support Livre broché
Nb de pages 406 p.
ISBN-10 2845165943
ISBN-13 9782845165946
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芥川龍之介の恋人への手紙

2012年12月26日 | 文学一般 国内


芥川龍之介の手紙

 文ちゃん
 先達は田端の方へお手紙をありがとう。(中略)会って、話をする事もないけど、唯まあ会って、一緒にいたいのです。へんですかね。どうもへんだけれど、そんな気がするのです。笑っちゃいけません。

 それからまだ妙なのは、文ちゃんの顔を想像する時、いつも想像に浮ぶ顔が一つ決まっている事です。どんな顔と云って云いようがありませんが、まあ微笑している顔ですね。(略)
 僕は時々その顔を想像にうかべます。そうして文ちゃんの事を苦しい程強く思ひ出します。そんな時は、苦しくつても幸福です。
ボクはすべて幸福な時に、一番不幸な事を考へます。
そうして万一不幸になった時の心の訓練をやって見ます。その一つは文ちゃんがボクの所へ来なくなる事ですよ。(中略)
 もう遅いから(午前一時)、やめます。文ちゃんはもう寝ているでしょう。寝ているのが見えるような気がします。もしそこにボクがいたら、いい夢を見るおまじないに、そうっとまぶたの上を撫でてあげます。
以上

十月八日夜 芥川龍之介
塚本文子様
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フランツ・リスト(1811ー1866) ハンガリー狂詩曲

2012年12月24日 | サンド研究
サンドは十年近くもの長きにわたり、ショパンの伴侶であったことが今日ではよく知られている。

しかし、ショパンと知り合うよりずっと前にサンドはフランツ・リストと知り合いであり、彼の音楽や宗教思想を深く尊敬していた。

サンドは幼い頃よりプロ並みの音楽的知識を備えていた貴族の祖母からピアノの手ほどきを受けており、このことが、リストやショパンといった大作曲家との交流を可能にし、音、メロディや和声について、また芸術や文学について深く語り合うことができたということもできるだろう。


http://www.youtube.com/watch?v=goeOUTRy2es


フランツ・リスト 1811年10月22日 - 1886年7月31日
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与謝野晶子の未収録歌4首、京都で見つかる

2012年12月24日 | 文学一般 国内



皆さま Joyeux Noel
Merveilleuses fetes de fin d'annee!!

今日のトピックスは12月24日の日経新聞朝刊からです。
<与謝野晶子の未収録歌4首、京都で見つかる
昭和初期に自筆か 鉄幹らの書画も>

「みだれ髪」などで知られる歌人の与謝野晶子(1878~1942年)の未収録歌4首が、23日までに京都市に住む元医師の書庫から見つかった。
昭和初期に即興で作歌したらしく、筆跡から本人の自筆とみられる。
堺市立文化館与謝野晶子文芸館が調べた。



「東京を二里のあなたにして住めば早くほのめく天の川かな」


「恋などは忘れはててもわが心なわすれ草の色をこそすれ」


「紫陽花の枕にすべくなりゆくやうすものをして人は細れど」


「かがやきぬ我等のくにの太陽の今生まれくるわたつみの上」




http://www.nikkei.com/article/DGXNZO49939390T21C12A2CR8000/?dg=1

http://blog.goo.ne.jp/fukuchan2010/e/8c60aba43cf93096b2cd32d380818c61
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George Sand, spectacle

2012年12月23日 | サンド研究


George Sand naît en 1804. Eduquée au couvent, elle apprend ses idéaux politiques en lisant Rousseau. Avec le succès de son premier ouvrage, Indiana, elle devient la première "auteure" autonome financièrement. Elle croise alors Delacroix, Liszt, ses amants Chopin, Musset ou Flaubert.
A travers ce spectacle musical, le pianiste et comédien Edouard Exerjean vous emmène à la rencontre de cette femme passionnante !

Salle des fêtes de Savigny-sur-Orge

14, rue Chamberlain
91600 Savigny-sur-orge

Le lundi 28 janvier 2013 :
- Lundi de 20:30 à 22:30

Tarifs d'entrée :
- 7 €
- Enfants jusqu'à 9 ans : Gratuit

http://citylien.transilien.com/savigny-sur-orge/envie-de-s-initier/george-sand-spectacle-ide-844tnc524
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