夢を見た。あれはいつの時代の光景だったのだろう。曇り空の朝、空港へ行こうと家を出た。たくさんの人とバスがいる駅前のバスターミナルで空港行きバス乗り場を探したが、どうしても見つけられずにいた。そのうちに雨が降りだし、やがて凄まじいざんざん降りになった。この雨は危ない、と誰かが叫んで、駅前近くの公園の高台へ避難した。その公園の高台の裏手は巨大な切り岸の断崖絶壁になっていて、そこから後ろを見下ろすと、雄大な谷とゆるやかに山裾を伸ばす山容が間近にあった。山裾には山の上方に向かって集落の家々が乗っかっていたが、誰かが、あっ、と叫んだとき、山の上方から山が崩れだし、家々を呑み込んでいくのが見えた。誰も動けなかった。その上空には、光る金属の不思議な飛行物体が浮かんでいて、崩れなだれる山の土砂に巻き込まれた人たちを救助救援しているように動いたり停まったりを繰り返していた。UFOだ、と大きな声がした。公園の目の前の川もあっという間に氾濫し、駅前はたちまち濁流に覆われて、高台の誰もがことばを失ってただただそこにいた。。という夢だった。
今朝は、頭のなかでブラームスの交響曲第4番がずっと鳴っている感じ。
仕事休みをいただいた今日は、昼間、池袋の古書往来坐へ。晩年の福永武彦先生が、堀辰雄氏の生い立ちの秘密ー実の父親の存在ーに関する堀辰雄氏自身の認識を軸に、中野重治氏、佐多稲子氏、その他研究者らの証言、調査、論文などに綿密な考証を加え、堀辰雄という孤独で温かな魂を持った不世出の作家の人間像を明らかにされた長編エッセイ『内的独白』(河出文庫)を購入。生い立ちの秘密といえば、福永先生ご子息池澤夏樹先生が朝日新聞朝刊に連載されていた小説『また会う日まで』がつい先日完結されたばかりだが、池澤先生はこの小説のなかで、福永先生の生い立ちの秘密ー実の父親の存在ーを詳細に描かれた。だから、福永先生ご自身、残り少ないいのちの時間のなかで、堀辰雄氏が自分の父親を実父と信じていたかどうかについての考証考察を記述されながら、ご自身の生い立ちについてもさまざまに思いを巡らせられたのかもしれない。
まっくらな朝方に目覚めた寝床で、フランツ・カフカの年譜を頭の隅に思い浮かべながら、今この惑星のどこかでは冬季オリンピックが行われているようだけれども、競技の行方にまったく関心が湧いてこないのはいったい何故だろう、と冷静に思ってみる。そもそもオリンピックというものに心がわくわくした最後の思い出は、1980年代のロサンゼルスオリンピックだったことに気付いて愕然とする。あれから自分のなかで何が起こったのだろう。それを突き詰めていったら、もしかしたら一編の小説が書き上げられるのかもしれない。ふとそんなことを思った。
たくさんの荷物を持ってとある牧場へ向かうバスに乗っていた。バスには多くのひとが乗っていた。普通の町中の道から山道に入ったバスの運転手のおじさんのハンドル操作はそもそもあまり上手でないようで、カーブのたびに車体が信じられないぐらいにすごく傾き揺れた。やがてあるカーブのところでとうとう乗客の荷物のいくつかが振り落とされてしまった。私はひとり、停車したバスから降りてそれらの荷物を拾い集めに行った。で、バスへ戻ろうとすると、もうバスの姿は見えなくなっていた。そこから牧場へ行くには知会(ちえ)という駅から電車に乗って行くしかないことを私は知っていた。取り敢えず荷物を抱えた私はその駅へ向かって山道を歩き始めた。かなり歩いて知会駅へ着くと、そこにはたくさんの人たちがいた。いわゆる世間的に有名で私でも名前を知っているような方々の顔もいくつも見えた。みな、あちらこちらでかたまって集まって立ち話をしている。。という夢だった。