歌誌『塔』2022年4月号より。p229。栗木先生は土井さんの提出された十首から五首をボツにされたようだが、残された五首も面白い。
ガラス戸に激突の鳥シロハラは息整いて低く飛び去る/土井恵子
シロハラという名前を知らなかった。スズメ目ヒタキ科に分類される鳥の一種らしい。〈シロハラ〉がすごくよく効いている。〈ガラス戸に激突〉〈息整いて〉〈低く飛び去る〉の繋ぎ具合が目に鮮やかでじつに巧い。
雨の日は星にも会えず借りて来たギリシャ神話の本を手に取る/土井恵子
雨音を聞きながら星にも誰にも会わずギリシャ神話の本を開く作中主体が心に浮かべる星座物語の一つ一つが、暗みゆく外の様子を伴ってじつにしみじみと伝わってくるような一首。時間経過把握の道具立て、描写が巧い。
ほぼ一年会わざりし友の手土産に「マスク入れ」あり蝶の刺繍の/土井恵子
コロナ禍のなかの生活の一景を具体的に印象深く掬い上げた一首。手先の器用なこの友は、行動制限されたほぼ一年を掛けてマスク入れに蝶の刺繍を緻密に細密に描き込んで作中主体への手土産に持って来てくれたのかもしれない。
柔らかく「撮りましょうか」と言いくれし見知らぬ若きは四人子(よたりご)の母/土井恵子
二人して写真に納まる「このときは元気だった」という日のために/土井恵子
この二首の前には恐らく 、残念ながらボツになってしまったとおぼしき、土井さんの作品常連の飄飄として味わい深い〈夫〉と作中主体とが二人してどこかの旅先に出掛けたことを具体的に描いた幻の〈作品〉群があるはずで、それらもすごく読んでみたいと思わされる。
とにかく、土井さんは物語風短歌の勘所をよくご存じで、巧い作品を詠まれる方だとあらためて感心しきり。
先月3月号の土井さんの五首。