確たる史料を見た上で確認検証しないことには何とも言えないことですが、気になります。。
***
2ch「セルゲイ=プロコフィエフ(1891-1953)」32の発言
http://piza.2ch.net/classical/kako/995/995604121.html
プロコフィエフは、自分のピアノスコアに楽器用法などの詳細な指示を書き込んでいた。
後は最も多い時で三人雇っていた秘書に管弦楽総譜への清書を任せていたのさ。
移調楽器も全部ハ調で書いて、後は秘書にお任せって感じだった。
その中でも、パベル・アレクサンドロヴィチ・ラムという人は他の作曲家の楽譜の校訂とかで結構有名だよ。
プロコフィエフの使っていた五線紙は、余白が大きい特注だったのよ。
そこにいろいろ書き込むワケだ。
ショスタコの「証言」のゴーストライターの件は、その辺りが曲解されたものと思われる。
以前プロコスレがあった時も同じこと書いたよ(藁。
漫画家の仕事に似てるね。
他の作曲家は、全部自分でやっていたのだろうか。
そういうことって、どの本見ても載ってないね。
それから、ボリショイ劇場に雇われていた編曲家が、
プロコオリジナルの「ロミオとジュリエット」を踊りやすいように改竄したのも有名な話だよ。
同じ編曲家かどうか知らないけど、「石の花」も改竄されているとショスタコの「証言」にはあるね。
あの本、プロコも気の毒だけど、ショスタコ本人も誤解される原因になっちゃったね。
***
(以下は、2008年1月某日の日記に引用させて頂いた記事です。)
「プロコフィエフ」より
http://mkvsinter7.hp.infoseek.co.jp/prokofiev/indexp.htm
(前略)
[オーケストレーションはゴーストライター?]
プロコフィエフのオーケストレーションについてですが、実は自分でやっていなかったという説があります。具体的にはオーケストレーションに卓越していた編曲家を(数人?)雇っていて、プロコフィエフ自身は常にピアノ譜だけを書いていたとされています。そしてその原曲を元に管弦楽化される訳ですが、その際の細かい注意点なども自筆譜には記されていたとされています。
ちなみにこういうことは必ずしも珍しいことではなく、またロシアの作曲家でもそうした前例はあるようなのですが、しかし楽譜の細部にこだわる話しが多いクラシック音楽の世界では、やはりこの点はちょっと異質な感じがすることも確かです。それと詳細については当然のことながら厳重に隠ぺいされているため、なかなかその詳しい部分については分からない面もあります。
しかしブルックナーの版の問題や、マーラーの改訂版のこと、特に交響曲第十番のデリック・クックによる補筆完成版では、その信憑性をめぐって裁判沙汰にまでなっていますし、また古くはモーツァルトのレクイエムもそうですが、クラシック音楽の世界ではこうして楽譜の具体的な部分が語られることが多い中、要はそのどこまでが作曲者本人によるものなのか、あるいは意図したものなのか、もっと言えば、それが本物と言えるのかどうかが問題となるのです。
そうした観点から見ればこのプロコフィエフの方はまさに次元の違う話しで、こうなるとコメントのしようもありません。例えば漫画家が大まかな部分だけ書き、後の細かい部分についてはアシスタントたちに分担して任せるという感じでしょうか。そういう意味ではプロコフィエフ作曲というより、プロコフィエフ監修とした方がいいのかもしれません。
こうした例は他にもあると書きましたが、それでも普通に考えてオーケストレーションは作曲そのものですし、まず大抵は作曲家本人がそのすべてを自分で書き上げるものです。それが普通ですし大前提です。ですからこうしたプロコフィエフのやり方をショスタコビッチは「証言」の中で厳しく批判していますが、しかしこれについても必ずしも事実に基づいていないのではないかという意見もあり、事は複雑です。
ある研究者によればこうしたゴーストライターによる「清書」は、プロコフィエフが売れっ子作曲家だったアメリカ時代を中心としたもので、その後のソ連帰国後には再び自らの手でオーケストレーションを書き上げているとも言われますし、また一旦「清書」されたスコアについては、プロコフィエフが当然のことながら入念にチェックし、最終的な完成品に仕上げていると考えることもできます。
しかしいずれにしろ現段階ではそうした具体的な資料や考察に乏しく、つまり実際のところがどれほどのものだったのか分かりません。そこにはやはり「後ろめたさ」からくる隠匿があったことは推測できますし、また同時のそのことがこの問題をより複雑で致命的なものにしています。そして恐らくこのことが、こうした事情を知る評論家や研究者にとっての評価がどうも今一つ、その生前と現在での圧倒的な人気に比べると冴えない点にあると言えるでしょう。
(後略)
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2ch「セルゲイ=プロコフィエフ(1891-1953)」32の発言
http://piza.2ch.net/classical/kako/995/995604121.html
プロコフィエフは、自分のピアノスコアに楽器用法などの詳細な指示を書き込んでいた。
後は最も多い時で三人雇っていた秘書に管弦楽総譜への清書を任せていたのさ。
移調楽器も全部ハ調で書いて、後は秘書にお任せって感じだった。
その中でも、パベル・アレクサンドロヴィチ・ラムという人は他の作曲家の楽譜の校訂とかで結構有名だよ。
プロコフィエフの使っていた五線紙は、余白が大きい特注だったのよ。
そこにいろいろ書き込むワケだ。
ショスタコの「証言」のゴーストライターの件は、その辺りが曲解されたものと思われる。
以前プロコスレがあった時も同じこと書いたよ(藁。
漫画家の仕事に似てるね。
他の作曲家は、全部自分でやっていたのだろうか。
そういうことって、どの本見ても載ってないね。
それから、ボリショイ劇場に雇われていた編曲家が、
プロコオリジナルの「ロミオとジュリエット」を踊りやすいように改竄したのも有名な話だよ。
同じ編曲家かどうか知らないけど、「石の花」も改竄されているとショスタコの「証言」にはあるね。
あの本、プロコも気の毒だけど、ショスタコ本人も誤解される原因になっちゃったね。
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(以下は、2008年1月某日の日記に引用させて頂いた記事です。)
「プロコフィエフ」より
http://mkvsinter7.hp.infoseek.co.jp/prokofiev/indexp.htm
(前略)
[オーケストレーションはゴーストライター?]
プロコフィエフのオーケストレーションについてですが、実は自分でやっていなかったという説があります。具体的にはオーケストレーションに卓越していた編曲家を(数人?)雇っていて、プロコフィエフ自身は常にピアノ譜だけを書いていたとされています。そしてその原曲を元に管弦楽化される訳ですが、その際の細かい注意点なども自筆譜には記されていたとされています。
ちなみにこういうことは必ずしも珍しいことではなく、またロシアの作曲家でもそうした前例はあるようなのですが、しかし楽譜の細部にこだわる話しが多いクラシック音楽の世界では、やはりこの点はちょっと異質な感じがすることも確かです。それと詳細については当然のことながら厳重に隠ぺいされているため、なかなかその詳しい部分については分からない面もあります。
しかしブルックナーの版の問題や、マーラーの改訂版のこと、特に交響曲第十番のデリック・クックによる補筆完成版では、その信憑性をめぐって裁判沙汰にまでなっていますし、また古くはモーツァルトのレクイエムもそうですが、クラシック音楽の世界ではこうして楽譜の具体的な部分が語られることが多い中、要はそのどこまでが作曲者本人によるものなのか、あるいは意図したものなのか、もっと言えば、それが本物と言えるのかどうかが問題となるのです。
そうした観点から見ればこのプロコフィエフの方はまさに次元の違う話しで、こうなるとコメントのしようもありません。例えば漫画家が大まかな部分だけ書き、後の細かい部分についてはアシスタントたちに分担して任せるという感じでしょうか。そういう意味ではプロコフィエフ作曲というより、プロコフィエフ監修とした方がいいのかもしれません。
こうした例は他にもあると書きましたが、それでも普通に考えてオーケストレーションは作曲そのものですし、まず大抵は作曲家本人がそのすべてを自分で書き上げるものです。それが普通ですし大前提です。ですからこうしたプロコフィエフのやり方をショスタコビッチは「証言」の中で厳しく批判していますが、しかしこれについても必ずしも事実に基づいていないのではないかという意見もあり、事は複雑です。
ある研究者によればこうしたゴーストライターによる「清書」は、プロコフィエフが売れっ子作曲家だったアメリカ時代を中心としたもので、その後のソ連帰国後には再び自らの手でオーケストレーションを書き上げているとも言われますし、また一旦「清書」されたスコアについては、プロコフィエフが当然のことながら入念にチェックし、最終的な完成品に仕上げていると考えることもできます。
しかしいずれにしろ現段階ではそうした具体的な資料や考察に乏しく、つまり実際のところがどれほどのものだったのか分かりません。そこにはやはり「後ろめたさ」からくる隠匿があったことは推測できますし、また同時のそのことがこの問題をより複雑で致命的なものにしています。そして恐らくこのことが、こうした事情を知る評論家や研究者にとっての評価がどうも今一つ、その生前と現在での圧倒的な人気に比べると冴えない点にあると言えるでしょう。
(後略)