岩田俊彦 学生・大人クラス担当
「はるのあしおと」
今朝も鏡もろくに見ないまま家を出た。
眼前の錆びついたトタン屋根のアパートは、今日も何とか体をなしている。
少し行くと、薬屋の前に置いてある、かつては橙色であったと認識すらできなくなってしまった象のマスコットに、昨日と変わらぬデフォルトの笑顔で朝の挨拶をされた。
俺の口からは、あくびともとれるような溜息がこぼれ落ち、道の上をころころと転がって、側溝の中へと消えた。
祠の傍らの雑木林、修復不可能なほどコンクリートがひび割れてしまったボタン工場。
駅まで続く日常を歩いていると、モノトーンの世界を少しでも鮮やかに彩ろうとする何かがこの曇りきった両目にさえ微かに映り込んでくるのが分かった。
はるのあしおと か。
将来の希望も、過去の反省もない、ただやり過ごすだけの毎日。
一昨日のニュースキャスターがまるで流行りを先取りしたかのような口調で視聴者の皆様にお伝えしていた、もはや使い古されたその言葉が一筋の光に見えた。
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新年明けましておめでとうございます。
上記は、2022年年末にGINZA POLA MUSEUM ANNEXにて開催されたSPRING IS AROUND THE CORNER展 に寄せた一文です。
「春」をテーマに自分の日常や身の回りの風景をヒントに書いたこちらの文章をベースにしながら、実際の作品、ドローイング制作へと繋げていきました。
大きいテーマやドラマティックな風景等でなくても、アスファルトの割れ目から咲く一輪のタンポポのような、ほんの些細な日常に結構多くの絵になる題材が横たわっているものです。
灯台下暗しという言葉があるように、皆さん今年は、もう一度身の回りを見渡して、今まで気づきもしなかった、すぐそこにある等身大の自分を見つけて絵にしてみては如何でしょう?
本年もどうぞ宜しくお願いします!