僭越ながら内科学会誌一月号の機能性消化器障害特集を読みながらふと思った。
三十年くらい前までは微に入り細に渡る慢性胃炎という概念が上部消化管診療の中央に横たわっていた、ように消化器が専門でない私には見えた。何と言っても上部消化管症状を訴える患者は多かったし、消化器を専門とする医師も多かった。診断には胃透視と内視鏡という二大画像診断手技に加え、顕微鏡の組織検査があり、そして潰瘍の治療には手術療法が君臨していた。
微細な形態分類と徒弟制度で教え込まれる画像診断に目の回る忙しさ、とてもじゃないが、何だか変だぞとは言い出しにくい雰囲気が漂っていたのだろうと想像する。患者は色々訴えるのにさほどの異常所見はないようだが、慢性胃炎でいいのだろうか、慢性胃炎の組織になんだか細菌のような物が見えるのだが、これは問題にしなくていいのだろうか。
それがやっぱり外来の黒船到来によって崩されていった?。即ち、H2ブロッカーという薬物の発明とピロリ菌の病原性の発見があり、臨床最前線では症状と所見の不一致をきちんと受けとめる概念が出てきた。
今ではH2ブロッカーとPPIのお陰で、胃十二指腸潰瘍の手術療法の適応は限定されたものになった。ピロリ菌の病原性の確立と除菌療法によって、胃癌の予防まで望めるようになってきた。症状と画像診断の乖離も実態に則して機能異常と捉えられるようになり、治療戦略も心身医学的な手法も加わり総合的なものに変わってきた。
コペルニクス的転回後の日本人の活躍は素晴らしいのだが、これだけ消化器症状を訴える患者が多く居て胃透視と内視鏡で先駆けてきた日本でピロリ菌の病原性の発見とH2ブロッカーの発明ができなかったのは残念な気がする。何かちょっと変わったことを考える人間を好まない雰囲気と好まれなくてもへこたれない頑強さの欠如が其処にあったように思うのだが、如何なものか。