駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

境界域のむつかしさ

2019年06月01日 | 医療

   

 

 今日も暑くなりどうだ。今朝ネットニュースで錦織の勝利を知った。頑張ったなあ、錦織偉い。

 明日は毎年恒例の内科学会の教育公演を大阪で聞く、午前の診療が終わったら家内同伴で出かける予定だ。私は勉強、家内は大阪周辺見物買い物だ。全国から人が集まるので東京横浜大阪が主たる会場になって久しい。九州北海道の会員のことを考えるとどうしても、どちらからもアクセスのよい場所が会場にならざるを得ない。専門科の学会はまだまだ地方で開かれるので旅の楽しみもあるだろう。開業医はウイークデイ休むのが難しく、自分の専門科の学会に出席できず専門医資格を切らしてしまった。

 がんの五年生存率はこの三十年で格段の改善を見せている。脳出血死も半減どころか四分の一以下に減った。目に見えにくい精神疾患も統合失調症などは普通に仕事ができるほど改善する患者さんが増えている。しかし、人格障害というか閉じこもりのような境界域の取り扱いにはさほどの進歩がないように見える。精神科の雑誌や教科書は読んでいないので、不十分な知識で印象を書かせてもらう。確かに正常と病気の境界域の取り扱い研究は難しいとは思う。そこに精神科医の出る幕があるかないか、悪口を言っているように聞こえるかもしれないが、あまりかかわらないようにしているようにも見える。

 政治家にはとても普通ではない人物が今も数多いように見える。北の人は別格としても、トランプ、ドテルテ、ボリス・・などは人格者には程遠いようだ。尤も普通ではなくても特殊な才能を持っている人も多いので、病気扱いは難しいかもしれない。

 なんだか難しい境界域の人物の取り扱いの判定をAIにやらせようという動きがあるようだ。人手不足だからというが、果たしてAIで隔離と判定が出ましたからで済むものだろうか。難しいのはわかっているが、大量無差別殺人を目にするたびに何とか医学的に防げないだろうかと思ってしまう。

コメント
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