駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

九十歳を越すと何が起きるかわからない

2017年03月30日 | 診療

           

 九十の坂を越すと何が起きるかわからない。勿論、もっと若くても明日のことはわからないのだけれども、九十を超すと、あんなに元気そうだったのにいつもと変わらなかったのにということが起きる。尤も三十年前は八十の坂を超えるとだったから、2150年には百をの声を聴くとになっているかもしれない。

 今年になって九十二歳のお爺さんと九十三歳のお婆さんが突然亡くなった。二人ともお元気で付き添いが必要ではあったが定期的に通院され、変わりないとの声を残されていったばかりだった。お爺さんなどは十分前まで普通に話しており、娘さんがお茶を入れに台所に行って戻ってきたら倒れていたとのこと。前の晩には近所の知り合いに近いうちに会おうと電話していたんですよと言われた。それほど元気だったというより、何か虫の知らせだったのでしょうかというニュアンスに聞き取った。お婆さんの方は何だか息苦しいと訴えるので救急車を呼んだのだが、その夜の内に亡くなったと連絡があった。

 ご家族は突然ではあったが大往生と受け止められているようだ、いかし私としては九十過ぎると予測がつかない分からなあと予測できなかったことを少しほろ苦く受け止めた。治せない治らない場合は予後を予測するのが内科医の仕事と心得ているので、どこか申し訳ない残念な気持ちがある。超高齢になると声に張りがありきちんとした受け答えができると、問題ないと過大評価してしまう傾向がある。おそらく人間も生物としての知恵というか防御反応というか、命が終わりに近ずくと感受性が落ちてくるらしく多少の不具合は感じなくなっていくようだ。お二人に何か前兆があったかどうかよく分からないが、前兆があったとしても十分な認識はなかったのではないかと思う。

 苦しまないですっと逝きたいと言っていましたからという娘さんの言葉を頷いて聞かせていただいた

コメント (2)
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