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駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

病気の事は心配していません

2016年06月16日 | 診療

  

 Iさんは三月、90歳になられた。几帳面で自己管理を徹底してやられる方で、二十年毎月きちんと血圧血糖体重を付けたノートを持参し通われた。そうでなければ糖尿病高血圧慢性腎不全を抱えて、これほどの長生きはできなかったろう。認知はないと言っていいほどしっかりされており、自分の病気のことも客観的に語ることができた。半年ほど前胃がんと診断されたのだが、総合病院の消化器専門医と相談し手術はしない抗がん剤は使わないと決め胃薬を飲んでおられた。

 90歳になられた頃から下肢に浮腫みが出て、歩行時息切れが出てきた。利尿剤の効果も乏しくどうも浮腫みが取れない。正直に「なかなか難しいですね、総合病院へ行かれますか」と聞くと「病気のことは心配してませんよ。これまで生きましたから」とにっこりされた。えっと少し驚いた顔をすると「家内のことが心配です」と言われる。二つ年下の奥様はいつも一緒に通院してこられるのだが、認知があり自立した生活は困難なのだ。お子さんは二人とも仕事の関係で遠隔地に住んでおられ、なかなか支援を受けられないというか、支援を受けるのを潔しとされていない様子だった。

 Iさんは結局五月末に総合病院へ入院された。残された奥さんは嫁さんがはるばるやってきて面倒を見ていたのだが、食事が取れないということで同じ総合病院へ入院を依頼し受けていただいた。

 一昨日、初めて見る息子さんが挨拶に来られ、Iさんは一週間前に亡くなり、4日後に奥様も亡くなられという。そんなことがあるのかと驚いた。年齢に不足はなくご一緒で良かったと思いながら、ああもう少しきちんとお別れがしたかったと胸に響いた。重病を抱えておられたが、明るく楽しい方で過ぎた二十年がぱっと脳裏に浮かんだ。

 

コメント (4)
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