大型連休の初日の土曜日は夕方に小雨の予報であった。赤ちゃんは昼前に我が家にやって来た。まだ歩くことは出来ない。「スミレちゃん、は~い」 と声をかけると、ややかすれ声で 「は~い」 と両手を上げる。上げたその片手にこちらからハイタッチのまねごとをすると上下それぞれ2本の歯を見せながら鼻にしわをよせて笑う。密かに重大視していた赤ちゃんにとっての最初の一年がそれほどの欠損もなく経過しつつある。「どこか出かけたいね」 と赤ちゃんの母親は呑気なことを言う。こんな時間からさてどこに出かけようかと考えた。
めずらしくその日は早く目が覚めた。音量を絞った枕もとのラジオのスイッチを入れる。心の時代という番組を途中から聞く。詩人で書家である父についての思い出をその息子が語っている。東京に出ることなく栃木の足利に根を下ろし筆一本で生きた。渡良瀬川の釣りの帰りに、父と妹の3人で見た真っ赤な夕焼けは忘れ難い。自己のスタイルを確立したのは四十の頃でそれまでは試行錯誤の繰り返しだったそうだ。語り手は相田みつを美術館の館長である。私はその一途な生き方に心打たれる。時代の風潮に流され安易な選択で安逸な生き方をしてきた私のような者は恥じ入るばかりだ。
まず有楽町駅を目指して出かけた。有楽町駅近くの晴海通りに面したところに、おらが郷土の 「かごしま遊楽館」 がある。そこで遅い昼食をとる。納得のお値段でいつも繁盛している。つぎに東京駅方向へ歩いて東京国際フォーラム地下一階に行く。予報どおり空は暗くなり始めた。赤ちゃん連れなのに傘も持たずに出て来たことに気付く。
03年に開館した近代的な美術館は3人とも初めて訪れる。眠気でむずがる赤ちゃんを天井から通路に映し出される幻想的な映像のまん中に座らせたりした。滞在中赤ちゃんは寝入ってまた目を覚ました。私は売店で作品集の日めくりを買った。その第一日分には 「美しいものを美しいと思えるあなたのこころが美しい」 とある。今朝の放送の館長の声を思い出す。娘には 「夢はでっかく根はふかく」 と書かれたスタンド付き漆器飾り盆を買った。外国人はこの種類の置物を好むとつぶやいていた。外に出て見ると、歩道は濡れて光っていたが雨は止んでいる。何か得をした気分になった。