新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

特別展「みちのくの仏像」は予想以上に良かった

2015-01-25 13:15:52 | 美術館・博物館・アート

きのう、久しぶりに東京国立博物館(トーハク)に行ってきました。

こんなに閑散としたトーハクは珍しい
特別展の端境(はざかい)では、こんな日もありますけれど、特別展「みちのくの仏像」開催中だというのにね。
どうしちゃったんだろ? と思いつつ特別展「みちのくの仏像」の入口へ…。
と、入口を間違えました
特別5室(本館に入って正面の展示室)での特別展・企画展では、通常、左の扉から入って右の扉から出るのですが、この特別展は逆でした。

「みちのくの仏像」展のフライヤーそんな躓きを経て、特別展「みちのくの仏像」に入場

まず最初の仏さんからして衝撃的でした

「聖観音菩薩立像」岩手・天台寺

岩手・天台寺「聖観音菩薩立像」は、衣装の部分に鑿跡(のみあと)が残されていて、それが文様にようにも見えます。

そして、お顔立ちとも相俟って、なんとなくアフリカン

「聖観音菩薩立像」岩手・天台寺

図録によれば、

木を彫刻する工程で、大体の形を荒彫りから、より細部まで彫り進め、表面を整える小造り(こづくり)段階の姿によく似ているので、一見すると未完成のように見えます。ところが、よく見ると顔や両腕は滑らかに整えられる一方、衣には荒々しい鑿目が表されており、一旦全身をきれいに仕上げたのち、部分的に鑿跡を刻み直した意図的な表現と今日では考えられています。

だそうで、さらに、

近年、こうした鑿目をはっきりと刻む表現の背景に、仏を刻む音を聴くことで功徳が得られるとする経典の記述が注目されています。(中略)平安時代には、鑿音を聴くことで功徳が得られると考え、造仏の現場に立ち合う施主もいたといいますが、「音」である以上、仏像が完成するまで一時、つかの間のものでしかありません。一方で、鉈彫のように鑿痕を誇示し、荒いまま留められた表面からは、手斧や鑿で木を削る音や、彫刻という行為そのものまで連想できます。たとえ完成した後でも、木が削られながら、次第に仏身の現れてくる様子が十分に思い起こされるのではないでしょうか。

とあります。

なるほどねぇ~

それにしても、観客が多い

閑散とした外からは想像できないほど、展示室内は混雑していました

先週のNHK日曜美術館「みちのくの仏像 木に託した人々の祈り」が放送(再放送は今夜20:00から)された影響なのでしょうか?

それはともかく、さほど期待せずに出かけた特別展「みちのくの仏像」でしたが、この記事のタイトルどおり、予想以上に良かった

それぞれの時代のエスタブリッシュメントの発願で造られた奈良や京都精緻華麗で美しい仏像も良いけれど、東北の仏像は、普通の人々の祈りを受け取る存在というか、地べたから生えているの中から庶民のために姿を現したような、そんな存在感が素晴らしくて、仏像の違う側面を初めて観る・感じることができた気がしました。

   

この特別展「みちのくの仏像」の目玉は、「東北の三大薬師」の岩手・黒石寺、福島・勝常寺、宮城・双林寺薬師如来坐像脇侍立像と共に勢揃いされていることのようです。

3組(?)とも、それぞれ素晴らしいのですが、私としては福島・勝常寺薬師如来坐像脇侍立像のユニットが一番のお気に入り

上の画像は、こちらのサイトから拝借いたしました

どっしりとした薬師如来安定感たるや、この仏さんの前に座って拝む人たちをどんな不安や恐れからも守ってくれそうです。

「日光菩薩立像」福島・勝常寺

一方で、脇侍日光菩薩と月光菩薩は、人間味あふれるお顔立ちで、なんとも和む

一方、岩手・黒石寺薬師如来坐像(展覧会のフライヤーや図録のカバーにも使われています)は、いかり肩で、威厳が漂っていて、ちょっと近寄りがたい感じが漂います。
ちなみに、こちらの薬師様が造られたのは貞観4(862)年だそうで、869年の貞観地震こちらの記事をご参照方)と2011年の東北地方太平洋沖地震両方を体験された仏さま。
1000の時を超えて、歴史的な大地震2度も体験するなんてねぇ…

東北地方太平洋沖地震といえば、宮城・双林寺薬師様は、2011年4月の余震で、

持国天が薬師如来の左腕に倒れかかり両像とも破損しましたが、関係者の尽力により二か年をかけて修復され、本展に展示することができるようになりました。

だそうです。

   

出展数が少ないことから、全部の仏さま(神様も1点)について書けばよいところですが、さすがにそこまではが続きませんので、最後にこちらを。

山形・本山慈恩寺十二神将立像(左から丑神・寅神・卯神・酉神で、ポストカードで観る限りは、鎌倉時代の作になる「なかなかの十二神立像」といった風情なんですが、展示の仕方、それも照明見事なもので、まるで動き出しそうに見えてほれぼれしました。

但し、ダウンライトのせいで、ケースの上のホコリが目立っているのが気になりました。
トーハクには、ケースの日々のお掃除にも精を出していただきたいものです。

それはさておき、この他の出展仏も、どれもこれも素晴らしくて東北人だというのに、今になって東北の仏像の魅力を思い知らされるなんて、我が身の不明を恥じ入るばかりでした。

身びいきとかじゃなくて、この展覧会はお薦めです
4月5日までと、会期はまだまだありますので、もう一度行ってみようかなと思っています

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