三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

イスラエルとパレスチナへの旅(2)

2018年08月29日 | 戦争

1993年、ノルウェーの仲介によってオスロ合意が成立、PLO(パレスチナ解放機構)とイスラエルとの間で暫定自治協定が調印されます。
そして1996年、ヨルダン川西岸地区とガザ地区からなるパレスチナ暫定自治政府が発足しました。

パレスチナ自治政府ができたとはいえ、パレスチナはイスラエルによって実質的に占領されています。
パレスチナ自治区はA地区、B地区、C地区に分けられています。


A地区 濃い茶色の部分。行政権と警察権はパレスチナ自治政府・自治警察が担っている。18%を占める。
B地区 薄い茶色の部分。行政権はパレスチナ自治政府が担い、警察権はパレスチナ自治警察とイスラエル軍が権限を持っている。22%を占める。
C地区 白い部分。イスラエル軍が管理する。つまりイスラエルの完全占領下にある。60%を占める。
http://seichi-no-kodomo.org/2017/02/21/blog-170221/

C地区は軍政下にあるので、普通の法律が適用されません。
軍人がパレスチナ人を殺しても、軍法会議で数か月の刑期ですんでしまうそうです。
ところがパレスチナ人だと、石を投げただけで、16歳以上は懲役1年、16歳以下は懲役6カ月。
案内をしてくれたパレスチナ人の一人は、軍の車に足を轢かれて骨折したそうで、今も足を引きずっていました。
イスラエル軍は、いつでも何でもできることを誇示しています。

ユダヤ人入植地のほとんどはC地区にあり、40万人(東エルサレムを除く)のユダヤ人が住んでいます(2014年)。
C地区はA地区とB地区を取り囲むように設定されており、西岸地区を細かく分断しています。

パレスチナで目につくのが分離壁です。

2002年、イスラエル政府はヨルダン川西岸地区に、入植地とヨルダン川西岸地区を取り囲むように高さ5~8mのコンクリートやフェンスの分離壁の建設を開始しました。
国際司法裁判所は占領地での壁の建設は違法との判断を下していますが、現在も分離壁は建設中で、2017年時点では460kmが完成しています。
http://palestine-heiwa.org/wall/wall.html


http://altertrade.jp/archives/11771

イスラエル政府の説明は「テロリストから入植地を守る」であり、安全保障壁と言っています。
ある場所では、フェンスの分離壁が途中まで建設されていました。
入植地を作る予定だそうです。

分離壁の検問所には、「イスラエル人は生命の危険があるから入らないように」と書かれてあるそうです。
分離壁は自分達を守ってくれていると、ユダヤ人は思っています。
入植者が守られることで、さらに入植者が増えることになります。

手前がフェンスの分離壁。
向こうの丘の上にあるのが入植地の住宅。
丘の下には動物園があり、車がたくさん停まっていました。

分離壁の手前で昼食をとりました。

ここは以前、木がたくさん生えていて、子供たちの遊び場だったそうです。

分離壁の一部が門になっているところがあります。



この向こうにはパレスチナ人の家が1軒だけあり、イスラエルはこの家を壊そうとしたのですが、国際的な注目を浴びて家を破壊できなかったので、門を作り、カメラで監視して、その家の人だけが通ることができるようにしました。

パレスチナ人の村を分断するように分離壁が作られたところもあり、家と畑が分離壁で二分された人、学校や職場に行けなくなった人たちが大勢います。
今まで道路があったところに分離壁ができたので、向こう側に行くためには検問所まで遠回りをしないといけません。
しかし、検問所は通行制限が厳しく、パレスチナ人が通過するのは面倒です。
そんな簡単に行き来はできません。

分離壁をハシゴやロープで越える人もいるそうです。
ハニ・アブ・アサド『オマールの壁』に、分離壁を越えるシーンが何度か出てきます。


分離壁のすぐ横にザ・ウォールド・オフ・ホテル(世界一眺めの悪いホテル)があります。
バンクシーや多くの人が分離壁に絵を描いている場所です。
https://www.huffingtonpost.jp/2017/03/04/banksy_n_15150968.html




ホテルから北に8分ぐらいのところに検問所があるので行ってみました。
ここは車と歩行者との検問所が別になっています。


歩行者はここを通ります。


歩行者の検問所から出てくる人。


歩行者の検問所の前はタクシーがたくさんいて、野菜や果物の売ってて、バザールのようです。

イスラム教徒の女性は外に出ることがあまりなく、買い物は男性の仕事だそうですから、お父さんが仕事から帰りに晩ご飯のおかずをここで買うのでしょうか。

私は、ヨルダン川西岸地区のベツレヘムに行くときは検問所を通らなかったと思いますが、帰りはパスポートのチェックがありました。



この若い軍人はパレスチナ人にはいじわるをするのか、と思いました。

外国の空港に入国するとき、パスポートに入国スタンプを押してもらいますが、イスラエルではそれはありません。
イスラエルでは青色の入国(滞在)許可証をもらいます。
http://eurasia-walk.sub.jp/abroad/2015israel/2015israel01.html
パスポートにイスラエルのスタンプを押されると、イスラエル入国履歴が残り、入国を認めない国があるからだそうです。

帰国する前日、食事をしながらみんなと話していると、入国許可証の話になり、「これがないと出国できない」と言われました。
しかし、私はもらった記憶がないし、そんなものが必要だとも聞いていませんでした。
あせってスーツケースやバッグを調べましたが見つからない。
うわ~、どうしようと必死になって何度も調べたら、スーツケースからやっと発見。
助かったと思いました。
入国許可証の存在を知らないままだったら、この軍人にいじわるされるどころの話ではなかったでしょう。
ああ、よかった。

コメント
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