去年、ジッロ・ポンテコルヴォ『アルジェの戦い』(1966年)を見ました。
1956年から1957年にかけての、アルジェリア民族解放戦線(FLN)の独立闘争とフランスの弾圧をドキュメンタリータッチで描いた映画です。
警察や軍隊とFLNとの市街戦、テロに巻き込まれる一般市民がリアルに描かれています。
映画の背景を滋野辰彦氏はこのように説明しています。
第二次世界大戦が終結してアルジェリア独立運動が始まると、フランスは軍隊を介入し、アルジェリア人4万人が殺されて、反乱は鎮圧された。
1954年にカスバで暴動が起き、ヨーロッパにまでテロが拡大し、1957年にフランス軍が侵攻した。
『アルジェの戦い』は1967年キネマ旬報ベストテンで、301点のダントツの1位でした。
37人の選者のうち、1位にした人が15人、2位にした人が9人、3位にした人が3人、選外が2人(読者(女)を含む)です。
2位の『欲望』が181点、3位の『戦争は終った』が180点ですから、圧倒的に支持されたわけです。
品田雄吉氏は『キネマ旬報ベストテン』に、「アルジェ独立をめぐるすさまじい内戦を描いた内容が、学園紛争の時代にアピールしたといえるだろう」と書いています。
しかし、現在の視点で見れば、アルジェリア民族解放戦線のしていることは一般市民を狙った無差別テロです。
たとえば、チャドルを来た女性たちがレストランに置いた時限爆弾が爆破し、子供を含む多くの市民が殺傷されます。
テロに対する警察の厳しい取り締まりや拷問もやむを得ないのではと思うほどです。
滋野辰彦氏によると、当時、フランス共産党も機関誌に「爆破者を鎮圧すべし」と書いているそうです。
FLNのテロリストたちはカスバに隠れ、カスバから出てはテロを行い、またカスバに戻る。
フランス軍はFLNの隠れ家を急襲し、カスバに爆弾を仕掛ける。
双方が報復を繰り返し、憎悪が拡大する。
ドゴールがアルジェリアの独立を認めようとして、アルジェリア独立阻止する組織OASに何度も暗殺されそうになる。
どうすればよかったのか、まさに悲劇です。
FLNやフランスのマチュー中佐の言い分はどちらももっともですが、しかしテロや武力による弾圧を美化すべきではありません、
永山則夫裁判の控訴審での裁判官だった櫛渕理氏は、三島由紀夫の切腹事件で起訴された盾の会会員3人の裁判での裁判長を務めています。
堀川惠子『死刑の基準』に櫛渕理氏のこんな発言が引用されています。
明治維新のときもそうです。志士と称する法律的には殺人犯が革命をした結果、『勝てば官軍』でいっさいが許されてしまった。もし、その考えを推し進めていくと、人間対人間が文字通り血みどろな闘争をする時代へもどってしまう。人間が長い間、築いてきた文化はどこへ行ったといいたいですね。近代的な法治国家において、クーデターは許されません、絶対にね。(「文藝春秋」1972年7月号)
ちなみに、三島由紀夫は浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢をほめていました。
香山リカ『「悩み」の正体』に、
とあります。
「死刑」を「戦争」に置き換えてもいい。
アレハンドロ・モンテベルデ『リトルボーイ』では、父が志願して戦争に行くが、日本軍の捕虜になります。
父のために少年が念力を太平洋のかなたに送りつづけてたら、広島に原爆が落ちて、町の人は大喜び。
喜ぶのはわかりますが、日系人と親しくなっている少年や町の人は原爆という国家の暴力が大勢の一般人を無惨に殺したことをどう思ったのか、『リトルボーイ』はそのことに触れません。
世界貿易センターの崩壊に中東の人は喝采し、ビンラディンの暗殺にアメリカ人が称賛するのと同じように、暴力を待望することは他者の傷みに無神経だということです。
安保法制が成立し、改憲の日程まで決まりつつあり、また北朝鮮に対するネットの意見を考えれば、香山リカ氏の指摘はそのとおりだと思わざるを得ません。
辻邦生『背教者ユリアヌス』は、キリスト教を公認したコンスタンティヌス大帝の次の皇帝ユリアヌスが主人公です。
キリスト教の公認を改め、優遇措置を廃止したユリアヌスを、辻邦生氏は排他的なキリスト教徒に比べて寛容な人間として描いています。
ユリアヌスがキリスト教司教に語ります。
真実や正義を主張するのなら、人の血を流すことや、不正を働くことは矛盾です。
しかし、正義のイスに座り込んだら、そのことに気づかないのでしょう。