三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

木谷佳楠『アメリカ映画とキリスト教』(1)

2017年07月13日 | キリスト教

木谷佳楠『アメリカ映画とキリスト教』は、キリスト教という切り口からのアメリカ映画批評かと思ったら、博士論文を加筆訂正したもの。
映画や映画界とキリスト教との関わりをとおしてアメリカを見ていく。
はなはだ興味深い本でした。

アメリカが排除と受容という相対する二項概念の相克によって発展してきた歴史は、アメリカ人の「我々(We)」を定義する線引きをめぐっての争いの歴史であったとも言える。
どの範囲までを「アメリカ的」と見なし、どの範囲から「非アメリカ的」だと定義するのか、その線引きは不明瞭である。

建国初期のアメリカ人にとっての「我々」とは「白人のアングロサクソン系プロテスタント信徒」(WASP)であり、「我々」を統合する宗教的価値観は、プロテスタント教会とほとんど同義だった。


1800年代中ごろ、カトリック系移民が流入してくると、プロテスタント信徒は自分たちこそが「真のアメリカ人」であると主張して、カトリック信徒を排除した。


映画産業は、1890年代から1910年にかけて、エジソンやグリフィスなどWASPを中心として開発が進められ、映画が宣教の道具として役立つと歓迎された。


やがて、当時、職業選択の自由が与えられていなかったユダヤ系移民たちが映画を大衆文化へと広めていったので、アメリカ系アメリカ人と自負する勢力から、映画業界は攻撃されやすかった。


1920年代前半から、キリスト教系団体や女性団体は、ユダヤ系映画製作者たちが作る映画によって道徳律が乱されていると非難するようになる。

恋愛映画を作ると、「ユダヤ系移民がプロテスタント信徒の風紀や道徳律を映画によって乱している」という批判が起こり、聖書に基づいたイエス物語の映画を作ると、「イエス・キリストを死に至らしめたユダヤ人が、キリストの死によって金儲けしている」と叩かれた。

アメリカにおけるイエスを描いた映画は、その製作段階から常に「反ユダヤ主義」「神への冒瀆」という批判にさらされる危険性を内包していた。


ユダヤ系映画製作者たちは「真のアメリカ人」になるためにユダヤ系であることを隠すようになり、ユダヤ系ヨーロッパ人としてのアイデンティティを捨て、同化していく道を選んだ。


1930年代、「アメリカ人」としての地位を獲得しつつあったカトリックの人々から、ハリウッドに対する抗議の声が上がると、ユダヤ系映画製作者たちは自主検閲機関を設立し、1934年、プロダクション・コード(映画製作倫理規定)を設けた(1968年に廃止)。


プロダクション・コードは12項目があるが、①神への冒瀆、②性的不品行、③殺人や窃盗行為の3点を禁じることに集約される。

根底にあるキリスト教的価値観は、結果としてアメリカ映画を観る全世界の人々に影響を与え、単なる笑いや感動を伝えるだけのものではなく、アメリカの価値観を教え、キリスト教的倫理を伝え、「アメリカ的生き方」を示すようになった。
これは2000年来、教会が担ってきた役割だった。

移民の手によって発展したハリウッド映画産業は「非アメリカ人」として攻撃される危険性を持っていた。

その最たるものが冷戦時代の赤狩りである。

1947年からの赤狩りにおいて、厳しく追及を受けたのは主に移民たちであり、アメリカ系アメリカ人は主として糾弾する側にいた。

ハリウッドの移民たちは、アメリカの成員かどうかを判断する踏み絵として赤狩りに加担し、自主的に映画の検閲を行い、共産主義者を閉め出すことを余儀なくされた。

WASPに属するセシル・B・デミル、ジョン・ウェイン、ウォルト・ディズニー、ロナルド・レーガンらは、非米活動調査委員会の調査に積極的に協力したが、ギリシャ移民のエリア・カザンのように「裏切り者」「ユダ」として扱われることはなかった。


1950年代、「神を否定する共産主義」というアメリカ人にとっての共通の「敵」を得たアメリカは、「我々」を統合するものとして、神に対する信仰をアメリカ人の最大公約数として求めた。


その「敵」に一致して対峙するための方途として、国民を「神の名の下にひとつにする」という道を歩み始める。

1956年、「我々が信じる神のもとに」を国の正式なモットーとして採用し、1ドル紙幣や硬貨に印字した。
こうして、「神の国アメリカ」という自己イメージは強固なものとされていった。

冷戦終結以降、アメリカは確固たる「敵」を失っていたが、2001年に起きた同時多発テロを契機に、イスラーム過激派、テロリストという新たな「敵」を得た。

9.11以降、宗教を軸にする対立構造は、「アメリカ対テロ組織」、あるいは「ユダヤ・キリスト教対イスラーム」という単純な対立構造を顕在化させた。
多様である国民がひとつになることが要請され、愛国心や排他的な伝統価値観を標榜する保守勢力が力を増していくことになる。

「アメリカ人」「非アメリカ人」という線引きは、人種や宗教のみならず、保守派かリベラル派かという思想的立場による対立構造の中でも規定されるものへと変化した。


保守派対リベラル派の対立は、建国時のピューリタニズムと民主主義という二つの思想が、多民族国家となった変化にいかに対応するかをめぐって生じた対立構造である。

建国の精神にあるキリスト教的道徳観に基づいた社会へと回帰するのか(保守派)、民主主義に基づく多様性を重視した社会の構築を目指していくのか(リベラル派)。

アメリカのリベラル化は、キリスト教右派と新保守主義の共闘を生み、そこから自由でありたいと願うリベラル派と主流派教会との間における対立構造を顕在化させた。


アメリカ対非アメリカの関係を「キリスト教対反キリスト」「善と悪」という単純化された二元論的構図に当てはめ、自国民のみならず世界市民に対しても、どちらに立つかの選択を迫る。


『アメリカ映画とキリスト教』を読んで思ったのは、アメリカの歴史は「敵」を見つけ出すことによって、多民族国家であるアメリカを一つにまとめようとする歴史といえるのではということです。

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