三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

白川徹「NGOだからこそ非戦の声をあげ続ける」

2016年01月05日 | 戦争

日本国際ボランティアセンター(JVC)会報誌「トライアル・アンド・エラー」2015秋号に、白川徹「NGOだからこそ非戦の声をあげ続ける」という記事がありました。

安保法制可決の動きに危機感を抱いた有志のNGOがNGO非戦ネットを結成した。
NGOは紛争地で活動することが少なくなく、「軍を送らない」日本の姿勢は尊敬と信頼を受けている。
欧米のNGOが活動できない地域でも日本のNGOはきめ細やかに活動できる。
安保法制では、紛争地で活動する日本のNGOが危険にさらされたとき、自衛隊が救出するという「駆け付け警護」が大きな争点となったが、NGO非戦ネットは反対声明を出している。
なぜなら、武装勢力と自衛隊が交戦する事態となれば、NGOの中立性までが疑われ、犠牲を生み出す懸念があるからである。
たとえば、アフガニスタンで運営する診療所の中立性を疑われれば、地元職員が危険にさらされ、事業停止もあり得る。
そうなると、地元住民は医療を受けられなくなる。
駆け付け警護は現実性を欠いている。
JVCには「紛争地における緊急時マニュアル」があり、日本人職員の拉致誘拐も想定されている。
その重要要素は、いかに軍を介入させないかで、軍や警察の介入は職員に危険性が及ぶ。
地元長老など地元組織を通じた対話がもっとも効果的な手段だ。

この文章を読み、安保法案についての中村哲医師の意見を思い出しました。

「テロの標的になる可能性高まる」 NGOに広がる懸念
中村哲医師「支援活動ストップも」
「紛争相手に軍事同盟と見なされ、日本や海外の日本人がテロの標的になる可能性が高まる」
アフガニスタンで支援活動をするNGO「ペシャワール会」(福岡市)現地代表で医師の中村哲さん(69)は、安保法案で自衛隊が戦闘中の他国軍に対し、可能になる「後方支援」を挙げ、そう指摘した。
同会は1980年代から医療支援を始め、2000年に水利事業に乗り出した。干ばつで清潔な水が不足し、感染症が急増したためで、約1600カ所の井戸を掘った。
03年からは用水路も建設。3千ヘクタール以上の農地をよみがえらせ、約16万人の帰農を支援したという。
中村さんが懸念するのは後方支援だけではない。法案が成立すれば、海外のNGOが武装集団に襲われた際に助けに向かう「駆けつけ警護」も可能になる。だが、中村さんは「かえって危険が増す」とみる。(略)(朝日新聞2015年9月15日


信頼を得ることによって、問題が生じたときには武力ではなく対話を重ねることで解決への道を探ることができる。
こうした努力の積み重ねによって信頼関係が生まれる。
ところが、武力行使によって信頼を失うかもしれない、ということです。

長老による調停ということですが、ソマリランドの内戦が終結したのは長老たちの話し合いによると、高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』で説明されていますし、武力での解決よりも効果的かもしれません。

もう一つ、「トライアル・アンド・エラー」2015秋号で、ほほ~と思ったのは、「いまさら聞けないQ&A」の「イラクでは「宗派対立」がよく取り沙汰されますが、昔はどうだったのですか?」という質問への、イラク事業担当の池田未樹氏の答えです。

フセイン政権時代は、宗派や宗教にそれほどこだわらずに暮らすことができてきました。背景の異なる子ども同士も普通に遊べていたといいます。そうした頃の平和な状況を「取り戻す」必要があります。


以前は、イラクでも冠婚葬祭の時に「自分の家の宗派は何だったっけ」という程度の人たちがたいへん多かったらしい。
イスラム教徒の女性は、高校生のころはキリスト教徒の友達と一緒に登校し、教会へも行ったことがある、と語っている。
民族や宗派が違っても人々は問題なく暮らしていた。
ところが現在は、JVCの活動地であるキルクーク市では、学校がアラブ、クルド、トルクメン、アッシリアと民族別に分かれており、異なる民族の子どもたちは、互いに出会うことさえ難しく、また宗派が違えば交流する機会もない。

チトー死後のユーゴスラビア、あるいは中東のいわゆる民主化後、民族や宗教の違っても当たり前のつき合いをしていた人たちが憎しみ合い、争うようになりました。
どうしてなのか不思議に思います。

しかし新しい世代の子どもたちは、共生していた頃のイラクを知りません。これ以上、混乱が長期化し、当時のことを知らない子どもたちばかりのイラクにしないようにする必要があると思います。


池田未樹氏はこのようにまとめていますが、このことは少年非行にも通じると思います。
というのが、少年院に入っている少年の7割が虐待を受けたことがあります。
親の暴力やネグレクト、あるいは親が刑務所に入っている、アルコールや薬物の依存症といった環境にある子供に対し、少年法の改悪といった厳罰という力で抑えつけても反発するだけです。
まともな家庭、生きていくうえでモデルになる人を知らないのですから。

ここでも対話が重要な鍵になると思います。

コメント
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