三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』

2016年01月28日 | 戦争

デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』は、イラクから帰ってきた兵士たち(自殺した兵士もいる)とその妻たち(夫が戦死した妻もいる)のドキュメンタリーです。

兵士たちが日常にすんなり戻れないことや、精神的なダメージを抱えて苦悩していることを知ったデイヴィッド・フィンケルは、兵士本人、妻子や身内、ペンタゴンの上層部や医療関係者からも聞き取りをおこなった。

200万人のアメリカ人がイラクとアフガニスタンの戦争に派遣され、帰還兵の20%から30%(約50万人)が心身外傷後ストレス障害(PTSD)や外傷性脳損傷(TBI 外部から強烈な衝撃を与えられた脳が頭蓋の内側とぶつかり、心理的な障害を引き起こす)を負っている。

彼らは爆弾の破裂による後遺症と、敵兵を殺したことによる精神的打撃によって自尊心を失い、悪夢を見、怒りを抑えきれず、眠れず、薬物やアルコールに依存し、鬱病を発症し、自傷行為に走り、ついには自殺を考えるようになる。

そうなったのは自分のせいだ、自分が弱くてもろいからだと思っている。
彼らは弱い人間だと思われたくないし、嫌われたくないので、家族にも戦場での体験や現在の苦悩を打ち明けられない。
毎年、240人以上の帰還兵が自殺しており、自殺未遂はその10倍と言われている。

イラクで最悪なことのひとつが、明確な前線というものがなかったことだ。360度のあらゆる場所が戦場だった。進むべき前線もなければ軍服姿の敵もおらず、予想できるパターンもなければ安心できる場所もなかった。兵士の中に頭がおかしくなる者が出たのはそのせいだった。


アダム・シューマンは3度目のイラク派遣で心が壊れてしまう。
アダムだけでなく、同じ大隊にいた兵士たちは、どこか壊れて帰ってきた。

「ひっきりなしに悪夢を見るし、怒りが爆発する。外に出るたびに、そこにいる全員が何をしているのか気になって仕方がない」
「気が滅入ってどうしようもない。歯が抜け落ちる夢を見る」
「家でくつろいでいると、イラク人が襲撃してくる。そういうふうに現れる。不気味な夢だよ」
「妻が言うには、ぼくは毎晩寝ているときに悲鳴をあげているそうだ」


自殺する兵士を調べると、戦闘に参加していた兵士もいれば、そうでない兵士もいるし、PTSDと診断された兵士もいれば、そうでない兵士もいる。
精神衛生の治療を一度も受けていなかった兵士はいるが、半数は治療を受けていた。
20代後半で陸軍に入る者は、自殺に至る確率が20代前半もしくは10代で入る者の3倍だし、繰り返し派兵された兵士は自殺しやすい。

クリント・イーストウッド『アメリカン・スナイパー』の主人公は、30歳で志願し、イラク戦争に4度従軍し、海軍を除隊してから戦争の記憶に苦しみ、社会に馴染めない毎日をすごしていました。
アダムたちはこういう感じなのかと思いました。

『帰還兵はなぜ自殺するのか』は、帰還兵の自殺という問題をとおして、貧困、依存症、家庭内暴力、虐待など、アメリカの病理を描いているともいえます。

アダムの妻サスキアは、精神衛生事務所でケースマネージャーとして、最低に位置する貧困層にいる、悲惨極まりない女性たちを担当する。

レイプされた人、性的虐待を受けてきた人、多重人格の人、重度の精神病の人たちの話を聞き、買い物や病院に連れていくなど、日々の暮らしのサポートをする。

イラクで戦ったのは、大半が貧困家庭出身の若い志願兵で、父親たちも戦争に行っている。


アダムの祖父は第二次世界大戦を体験して酒びたりになり、朝鮮戦争やベトナム戦争でも戦い、25年間家族を虐待した。

アダムは、幼い頃にベビーシッターの少年に性的いたずらを受けた。
6歳の時、父親がいきなり殴りはじめ、9歳の時、父親が出ていき、母親は金がなく、家からの立ち退きを迫られ、親類の家に転がりこんだり、車の中で生活したりした。

夫がイラクで戦死したアマンダの父はベトナム帰りのPTSDで、酒飲みの父親は母親と5回離婚し、5回結婚している。

兄は14歳の時に家出し、車の事故で死んだ。

サシャの父も祖父も両親の兄弟のほとんども軍人か州兵で、サシャが最初に結婚した男は怒りっぽくて乱暴なイラク帰りの兵士だった。

そして、イラクから帰ってからフラッシュバックを起こし、酒を飲んでは大騒ぎし、薬を過剰摂取して自殺を試みたニックと結婚した。

復員軍人の回復施設の所長フレッド・ガスマンの父親は、第二次世界大戦から戻ってきてから、フレッドをベルトで打ちすえるようになった。


次期陸軍医総監の父親は第二次世界大戦で戦い、朝鮮とベトナムでも戦った。

彼女は「わたしは父が眠りながら悲鳴をあげるのを毎日聞いています。ですから、ええ、軍医総監として精神衛生を含む問題に特別な関心を寄せています」と言う。

第二次世界大戦では、帰還した兵士はさほどの問題もなく社会に溶け込めたと思っていましたが、罪悪感に苦しみ、重度のトラウマを負っていた兵士は少なくなかったわけです。


辺見庸『1937(イクミナ)』にも、辺見庸氏の父は復員してから、妻や子供をよく殴っていたとあります。

かれはすでに(少なくとも部分的には)死んでいた。


母親は「あのひとはすっかり変わってかえってきた」と、『帰還兵はなぜ自殺するのか』に出てくる妻たちと同じことを言ったそうです。

イラクに派遣された自衛隊員も、イラクから帰還後に28人が自殺し、PTSDによる睡眠障害、ストレス障害に苦しむ隊員は1割から3割にのぼるとされるそうです。

非戦闘地帯にいてもこの状態です。
安保法案によって戦争のできる国になった日本でも、心が壊れて戦場から帰ってくる兵士が増えることは間違いありません。

コメント (9)
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