三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

想定外という被害

2014年11月01日 | 青草民人のコラム

東日本大震災による福島第一原発の放射能事故では、想定外の津波によって、大きな被害が出たといわれました。各地の津波被害についても、想定外の津波の高さだったと報じられています。

まだ記憶に新しい各地で起こった天変地異の数々。長野、広島の土石流による災害。御嶽山の噴火による災害。これらのすべては、想定外の災害による大惨事であったとされています。しかし、本当に想定外という言葉で片付けていいものなのか、ということは誰しも思うところではないでしょうか。

日本は、世界でも有数な火山国であり、地震国であります。さらに、山がちな地形で平野部が少なく、日本の河川は、中国やヨーロッパ、アメリカ大陸等の巨大河川と比べたら、多くの河川が流域面積の狭い急流だといわれています。中国の長江や黄河に比べれば、日本の河川は滝のようです。山地の急斜面を縫うように河川が流れ、土石流を防ぐために、砂防ダムが至る所にあるのが日本の河川です。この事は、小学生でも社会科の授業で習っています。


都市の住宅問題の解消のために、山地が宅地化され、森林が伐採されると、その土地自体は、水を貯めて少しずつ流すダムのはたらきを失います。山に降った雨は、一気に地表を流れ、一部は地下水となって、地盤を軟化させます。土石流や地滑りが頻繁に起こるようになるのです。これは、すでに開発が決まった時点である程度は想定されていたはずです。


また、火山の噴火に対しても、御嶽山が活火山である以上、噴火は想定されていたはずです。予知することは難しくても、監視の目を強化することや噴火に際しての避難小屋を増やすことはできたのではないでしょうか。


想定外とは、被害の大きさに対して想定外だということであり、被害が出ることはある程度想定はされていてして、それを最小限に考えて、開発や観光、原発の設置等が計画されているのでしょう。どんなことを行うにも、確かにリスクというものは伴います。それをはるかに超えるメリットがあれば、最大公約数的な幸せの共有という考え方から計画は実行へとうごきだすのではないでしょうか。「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」危険というデメリットを最小限のリスクとして受け入れることで、より大きなリターン(利益)を得ようとする社会そのものの闇がそこにあると思います。


しかし、環境の変化や天変地異の現実は、私たちが想定できるようなものではありません。いつ何が起きるかわからない、朝には紅顔あって、夕べには白骨となれる身という自覚を常に肝に銘じなければと思います。

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