浄土真宗本願寺派(西本願寺)が2011年に宗法を改定し、本願寺と本願寺派が分離、宗会の権限を縮小、少人数による執政機関の設置など、門主独裁体制になった。
何人かの本願寺派の人にこのことについて尋ねると、みな批判的で、「昔に返ってしまった」と慨嘆した。
かつての真宗大谷派(東本願寺)の二の舞になるかもしれない本願寺派の宗法改正、どこがどのように問題なのか。
某氏からいただいた小武正教「から浄土真宗が問われてきたもの 本願寺教団の二つのタブーを問う」(『解放ひろしま』第93号)を読み、すこしわかったように思う。
ネットを調べたら、小武正教「現在の「宗制」「宗法」の改定から見えてくるもの」(『解放ひろしま』88号・89号)を発見。www.geocities.jp/shuhonbunnri/odake.pdf
小武正教氏の意見をご紹介します。
現在進められている西本願寺・本願寺派の改革の目的
本願寺派が1886年(明治19年)に制定した寺法では、本願寺の住職が宗派唯一の善知識「法主」であり、教団の行政権も持ち、議会の議決への優先権も保有するという、絶対権力者としての位置づけだった。
戦後、宗法が改正されたが、現在でも西本願寺では、門主のみが安心の正否を判断できる「安心裁断権」と、門主のみが総長候補を指名できる「総長指名権」が門主(本願寺住職)にある。
今も門主は絶対権力者なのである。
「宗法」改定の理由。
*現在の宗門全体の意志を尊重し、宗務に反映させる議会制度等は、宗門になじまない。
*本願寺が回金した懇志を費用対効果からすると、宗派は適正に執行出来ていない。
*宗派と本願寺が現行制度では一体であるため、宗派が本願寺独自の活動を行えなくしている。
*寺院や僧侶に見られる、本山・善知識(門主)の下にある宗門組織の一員の自覚の欠如
「宗法」改定で目指されている教団像
①「門主・本願寺」を頂点にした、上意下達式の方法で少数者の評議による迅速な意思決定によって本願寺・宗派の運営を行う。
②そのためには、本願寺と宗派を分離し、本願寺が宗門(宗派を牽引する。
但し、本願寺と宗派の関係のあるべき姿は、「本願寺を中心とした一体化」であるとの考え。
③本願寺の独自の活動がしやすいように、東京教区(1 都3県-東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)を特区とし、築地別院は宗派に縛られず自由に活動できることにする。
④宗派においても、行政・立法・司法の三権分立は廃止し、門主に権限を集中する
仏教では師資相承といって、師から弟子へと教えが伝えられる。(法脈)
ところが、本願寺では親鸞の血統が唯一の正統性の保持者とされる。(血脈)
本来は法脈と血脈は同一ではない。
2012年に改定された「宗法」の答申書から。
イ・宗門には、本願寺を本山と仰ぐ個人・団体を組織化し、宗制に定める理念を実現するため共通した目的の設定、及びその目的達成を可能とする門主を中心とした組織機構、運営機能の構築が求められる。
ハ・宗門において門徒は、一般寺院に所属して教義を聞信し、僧侶を通して教化育成を受けるが、親鸞聖人を敬慕する中で、本願寺に安置されるご真影を仰ぎ、また法灯を伝承された本願寺の歴代宗主(門主)を善知識と仰ぐ御同朋であるから、宗祖の門徒、本願寺の門徒である。僧侶は、本山本願寺において次第相承の善知識である門主の教化を受けて、一般寺院その他で宗祖の教えの弘通に努めるとともに、門徒の教化育成にあたるので、一般寺院は宗祖の門徒、本願寺の門徒をお預かりしていると言われる。
次第相承とは親鸞の血を引く者によって仏法が伝えられること。
善知識とは教えを伝える善い友。
門主だけが善知識だから、門主以外の人からは教えが伝わらないことになる。
西本願寺では門主がいまだに生き仏なのである。
2012年の宗法改定当時の池田行信総務の文章。
小武正教氏の論文を読み、「門主を中心とした組織機構、運営機能」が同朋教団だとは私には思えませんでした。
小武正教氏は「真宗大谷派宗憲改正-提案の趣旨」を引用している。
大谷派の現状がどうなのかはさておき、理念としては悪くないと思う。
小武正教氏は
と書いているが、本願寺派の改革に反対する声はどんな動きになっているのだろうか。
西本願寺の状況は安倍首相の一人勝ちという現在の政治状況と似かよっているように思う。