マガジンひとり

自分なりの記録

読書録 #15 — まんが道⑫、ほか

2019-08-29 10:01:26 | 読書
藤子不二雄/まんが道⑫/少年画報社ヒットコミックス1978
藤子Ⓐ先生による自伝的大長篇のうち1977~82年にかけ少年キングに連載された立志編・青雲編19巻の1冊。二人三脚で漫画を志す満賀道雄と才野茂。4巻、富山県の高校を出ていったん就職するも、才野(後のF先生)は出勤初日でやめてしまう。「まんがと関係ない会社でいろんな人たちとうまく付き合っていくことは僕にはできない」。F先生のSF短篇などに漂う俗世間に対するルサンチマンの原点か。いっぽう満賀は地方新聞社で苦労しつつも経験を肥やしにするたくましさがうかがえ、笑ゥせぇるすまん・プロゴルファー猿などビジネス漫画的な要素につながったのかも。満賀も新聞社を辞し9巻結末で2人は上京。ここから白眉の連続。読者を喜ばせるまんがを生み出したい。先輩漫画家や編集者やトキワ荘の同輩と切磋琢磨し、みるみる成長する2人。全ページ栄養満点のビルドゥングスロマンである


けんちん/ゲタバキ団地観覧会/八画出版部2019
下層階に商店やオフィス、上層階に住宅がある「ゲタバキ住宅」のうち住宅部分が昭和30年代後半~40年代に住宅公団によって建てられた高層集合住宅となっているものを「ゲタバキ団地」と呼ぶ。屋上に子ども向けの遊具施設があったり、とくにレアなものでは廃線となったモノレールの駅が設けられていたり、幻想的で郷愁をかき立てる。いまの目からすると庶民的だが、建造当時は流行の最先端だったといい、司馬遼太郎や森光子といった著名人も大阪市のゲタバキ団地に住んでいたとか。耐震性の問題などで今後だんだん姿を消していくとみられ、団地マニアの著者が全国で撮影し、データを添えた本書の資料価値は高い


岡野大嗣/サイレンと犀/書肆侃侃房2014
新鋭短歌シリーズの一つ。いつぞやの、有吉弘行さんが影響を受け、ラジオの投稿コーナーを始めた、その自殺したという歌人に比べ、よりその投稿コーナーに近い軽みがあり、くすりとさせられる。本来、新聞に雑誌にラジオにネットにと、盛んに投稿して世に出た人であるらしい。がしかし、印刷された紙束として必要かというと…。挿絵が楽しいという感想を耳にしたが、私はこういう本の雑誌みたいのは好きでない


幻の名盤解放同盟(根本敬・湯浅学・船橋英雄)/定本ディープ・コリア/青林堂1994
ここに描かれる韓国、ことあるごと「日帝36年」を持ち出し反日・克日を掲げるが、いったん打ち解けると情に篤い、ケンチャナヨ(気にすんな)精神にあふれるイイ顔のオヤジオバハンがたくさんいる観光パラダイス。そしていまも、本書が書かれた80~90年代と同じ調子で韓国を見下す、というか下だと信じていたい日本人が圧倒的多数であり、売国ABE政権の内向きプロパガンダに乗せられていることに暗澹たる思い。「韓国の原発が操業しだした当時の核廃棄物の運搬の仕方が、木製のケースに入れて、トラックで運んだっていう。行先はどこかとんでもない所だろう」。食物の放射能汚染は大丈夫かと韓国から突かれる、汚水ドラム缶の置き場所もなくなりそうな、原発だけでなく一人当りゴミ排出量がダントツ世界一のわが国がよく言うよ。根本敬氏をいわゆる「鬼畜系」に含めるかどうか、さまざまな見解あれど、本書は鬼畜系の代表とされても当然な負の遺産。昭和の成功体験がそのまま呪縛と化し「失われた30年」を招く、鬼畜系の無節操・悪趣味もその一端であったといえよう


上田惣子/マンガ・自営業の老後/文響社2017
17年時点で53歳の本業イラストレーターがエッセイ漫画形式で老後のお金の問題を何名かに取材する。上田さん、頭は悪いが器用。なので(90年代まで右肩上がりだった、雑誌主導の)出版界のニーズに応えてフリーランスで仕事をしてこれた。センスや作家性は皆無。イコール問題意識がないということ。本書の企画が始まるまで国民年金さえ払っていなかったというタワケ者。こんな人が表現・創作の道に携われてしまうことは不幸である。国民・消費者にとって。「自民党さんに任せときゃ間違いない。でも2千万円用意しろとかお役人が言ってるからこれから自分でも備えましょう」的なBAKA向けのBAKA本。最悪


株式会社まごのて・みなみ(漫画おがたちえ)/汚部屋掃除人が語る命が危ない部屋/竹書房2019
ウシジマライクな気づきがあるかと買ってみたのだが、発見としては小林よしのりの絵柄ってBAKAでも分るように、分らせて印象操作できるようにってことに特化して作られたんだなと(本書に酷似)。部屋の乱れは心の乱れ。ゴミ問題を先送りしてしまう、人間心理はケース・バイ・ケースなのでしょうが、個々の事情を汲むより、見下して「こんなふうになるなよ」と説教の種にする。BAKAがもっとBAKAを蔑んで暇つぶしする、本書そのものが汚部屋。即処分


藤田知也/やってはいけない不動産投資/朝日新書2019
誰もが将来不安。直視するのが恐いから、少しでも先送りしようってことでbakaABEが長期政権に。アホノミクスによる資産バブルも、最後の宴の感があり、参加しておかないと一生負け組になってしまう焦りを誘う。銀行と不動産業者にとって絶好のカモ。節税・利回り・サブリース・先輩大家のセミナーやSNS上のチヤホヤ、さまざまな餌が用意され、業者の利益がたっぷり乗せられた物件を大借金で買う。私は銀行がいちばん悪いと思うが、人口が減るのに億の借金をして賃貸物件を買う、だまされる側の責任も大きい。藤田記者は朝日の紙面でずっと警鐘を鳴らしてきたが、朝日と日経はカモによくいる「属性の高い会社員や士業」&その主婦に向けた広告で食っており、だまされる側の非を責めず、業者を扇情的に叩く論調。心に響かない


テツクル/ぼく、街金やってます/KKベストセラーズ2019
ページあたりの字数の少なさ。スッカスカ。15%の高利を取る街金業者として、貸し倒れが1件もないことを誇っているが、その秘訣は分らない。書けないことが多いのだろう。ナニワ金融道(青木さん自身が主導した初期の)や闇金ウシジマくんなら、どのエピソード・人物にも汲むべき情状が描かれるところ、本書は貸し手側からの単純化された、一面的な。ネット記事なら面白くても、紙本としては食い足りない。そもナニ金やウシジマくんを読んだことがなく、街金と闇金の違いすら知らない人が大多数の様子なので、お金を貸し借りする事情を少しでも学べるとすれば、著者が不動産クラスタを通じてツイッターで知られる存在となったのもいくらか有意義といえよう


萩尾望都/精霊狩り/小学館文庫1976
愛着のある旧小学館文庫版で再読。文庫化の先鞭をつけた小学館の目玉として「11人いる!」や本作は当時雑誌以外で初めて読めたのだ。表題の精霊狩りはやや間を置いて描かれた3連作で、近現代を長く生きる吸血鬼のポーと、未来・宇宙が舞台の11人いる!を折衷したような設定のコメディ。ほかの短篇3つも70年代の萩尾さんの弾けるようなポップさを集約。うち「オーマイ ケセィラ セラ」の主人公は、プレイガールだった母の死後、会ったこともない離婚した父から全寮制私立校に入れられて育った少女セイラ。ポップどころか、「マリーン」(77年の原作付き短篇、全員が不幸になる)とテーマが重なるんですね。男社会が女社会を経済的に丸抱えし、スポーツ選手も似た構造。丸抱えされてるからマリーンの女は自殺という形でしかプロスポーツ選手への一目惚れを成就させられない。後年の萩尾さんが初期のポップさを取り戻せなかったゆえんか


クロード・ロワ/バルテュス 生涯と作品/河出書房新社1997・原著1996
ポーランド貴族の父とユダヤ系ロシア人の母を持ち、20世紀を代表する画家の一人であるバルテュスの詳細な評伝を付した作品集。PDフランチェスカなどから古典的な画風を独学で身に付けた彼は、シュールレアリスムが席巻する1920~30年代のパリ画壇でなかなか受け入れられず、1934年作の、女教師がヒザに少女を乗せて虐待しているような「ギターのレッスン」は話題性を狙ってあえて描かれたのだという。夢・郷愁・残酷さ・叫びといったテーマを独特の静謐な画風で表現し次第に成功。カミュ、サンテグジュペリ、アルトーら同時代の文化人と交流。死後も、近年NYの美術館で彼の代表作、少女が下着を見せて淫らな空想をしているかのような「夢見るテレーズ」が子どもを性の対象にしているとして撤去を求める署名運動を引き起こす。20世紀の資本主義は、一般大衆にも貴族のような豪華で便利な暮らしがしたいという夢を見せ、欲望を煽り、それをエネルギーとして成長した。落魄貴族バルテュスの欲望=未完成の、変化し続ける不安定な状態こそが美しい=もそこに咲いた徒花の一つだったといえよう
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